第134話 輪の中へ ②

 屍が浮かぶ汚水の中で、私は空を見上げている。

 寒いと感じると、何かが体に巻き付いた。

 温かみを感じて体を見る。

 血みどろの白い蛇が無数に絡みついていた。

 怖くはなかった。

 彼らは蚯蚓みみずのように団子になり、私を覆う。

 私が寒くないように。

 お腹が減ったら、口に入る。

 食べたくないよって言うと、最後まで一緒だよって。

 私を食べるほうがいいよって言うと、大丈夫だよってお返事。

 怖くはないけれど、悲しくて寂しい。

 空は遠く。

 美しい思い出も霞んだ。

 二度と会えないってわかった。

 けど、皆、ここにいる。

 いないのは、嘘つきだけ。

 婆様ばばさまは、楽しみだって。

 嘘つきの最後を早く見たいって。

 いずれ輪の中へ戻った時の顔が見たいって。

 私ももう、死んじゃうと思う。

 そうしたら、皆と一緒になるのかな?

 でもお友達と会えないのは嫌だな。

 悲しいよ。

 寂しいよ。

 怖いよ。

 でももし、お外に出られたら、今度は言わない。

 自分でやる。

 お友達を使う事はしない。

 自分で悪い奴をやっつけてやるんだ。


 ***


 泣きながら目覚めた。

 毛布を巻き付けた体が軽くトントンと叩かれている。

 カーンは目を閉じたまま、私を胸に寄せていた。

 片手で赤子をあやす仕草だ。

 私は赤子ではない。と反駁はんばくする余裕はなかった。

 夢が嫌だった。

 内容がではなく、これが夢ではないと思ったから。

 現実に、薬は効かない。

 子供はどこにいるんだ?

 と、本気で考える自分が嫌だった。

 信じている自分が嫌だ。

 だが、これが供物としての道標なら、先に進むが正しい。

 先を考え、誰かの悲しみに涙が滲む。

 供物の女と呼ぶ相手の姿は見えない。

 悪夢除けの呪いは効果がない。

 涙を拭っていると、見張りに呼ばれた。

 交代の時間である。

 カーンは伸びをすると、私の頭を撫でた。

 寝る時には、帽子と耳あては外していたので、髪の毛をかき回される。


「今日は抜ける。そうすりゃぁ夜には寝心地のいい場所に行ける。ゆっくり寝れるぞ」


 確証のない約束であったが、べそべそと泣く身には心強かった。

 表に出ると、外は未だに夜である。

 星は見えず、暗い集落は闇に沈む。

 焚き火の炎の揺れ一つ、不安に思えた。

 エンリケとモルダレオが私達の前の順番だ。

 変わりないか?との言葉に、二人は暫し沈黙する。

 何かあったのか?


「集落に人の動きはありません。ですがあれが吹き飛びました。」


 指し示したのは、まじないと称してエンリケがつくった人形ひとがただ。

 見ればバラバラになって、吹き散っている。


「風が吹いたとも考えたんだが」


 言葉を濁してから、エンリケが差し出す。

 白い羽が真っ黒に焦げていた。


「中々、威勢の良い悪夢のようだ」


 いつもニコリともしない男が、ニヤッと笑う。

 楽しい話なのか?

 嘘とも冗談とも判断がつかない。

 それに悪夢の方が良かった、とも言えない。


「では、んだな」

「動きはありません、カーン。暇すぎて悪霊の到来を待ちわびるほどです」

「お前らの冗談は分かりづらいんだよ」

「小細工はしていませんよ。羽が焦げたのは、本当です」


 カーンは集落に何の動きもないことを確認すると、二人を中に入れた。

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