第489話 挿話 ビミィーネン、その日々 ⑦

 貴女は気がついていないでしょ?


 クリシィ様は、多分、人の感情が視えているわ。

 神官様や巫女様は、元々魂や名が見える。

 そしてクリシィ様はきっと、その能力が高い。

 だから、相手の感情も視えていると思う。

 時々、会話を先回りして答えているのよ。

 そして何より、誰に対しても公平なの。

 誰に対しても、悪い感情も良い感情も無いの。

 同じなの。

 何でわかるのか?


 常に人の顔色や態度を伺って生きてきた。

 私も獣人だから、よく見えるの。

 まぁ私の場合は視力が良いってこと。

 そしてね、クリシィ様は私や家族に対しても、特に何も思っていない。

 信心深い神の人ってね、神の言葉が絶対だから、私達が神の敵かどうかだけが問題なのよ。


 怖いって思った。

 だって、彼女には私の悪い心が視えているって事だもの。


 悪い心。

 生きている事への感謝など無い事。

 父や母、祖父への怒り。

 一方的に断罪する故郷の人々への憎悪。

 全てを疎んで恐れている臆病な自分。

 妬み嫉み、悲嘆、汚い感情で心が真っ黒になってる。

 信じていた事が全て壊れて、どうしていいのかわからない。

 やり過ごす事だけが上手になって。


 怖い。

 誰か、助けて。

 誰か?


 クリシィ様が来て、私は笑顔でいるように気をつけた。

 これ以上、誰かに失望されるのが怖かった。

 点数稼ぎのつもりで、貴女の世話をしようと思ったの。

 死なれるのも嫌だったしね。

 けど貴女といたら、何だか心が静かになった。

 心が静かになって落ち着いて、それでね、楽しくなった。

 私ね、楽しかったの。

 まるで普通の生活を取り戻したような気がしたの。

 貴女は、私を知らない。

 私達の事情をしらないから怖くなかった。

 貴女がもし事情を知っても、大丈夫だと思ったの。

 私はずるいから、貴女が獣人じゃなくて、南部の悲劇を知っても私を嫌わないでいてくれそうだと思ったの。

 正面から罵られる事はないってね。

 打算的的に考えて、気が楽になった。


 少し打ち解けて、貴女の事情を知った。

 北の国で災害にあって怪我をした。

 助けに来た神官が、身寄りの無い貴女をひきとった。

 巫女見習いになった事情。

 身寄りがないから?

 違うと思った。

 貴女は人殺しの娘ではないから。

 卑怯者として同じ種族に疎まれていないから。

 孤児だとしながらも、貴女を見て思う。

 きっと正しく美しく優しい場所に生きているのだ。

 見ているだけで、輝いているような気がしたもの。

 ほんのりと浮かんだ笑顔を見たら、ひねくれた私も笑顔になったもの。

 私とは違う。

 私が手にしたこともない、優しく綺麗なものが貴女には集まるの。

 だから、貴女はいつも平かで穏やかなんだ。

 静かで人形のようで、汚れていない。

 綺麗な場所に置かれ、私のように引きちぎられて捨てられる事も無い。

 嫌いよ。

 ずるいわ。

 いつかの意地悪な子と同じように、貴女の事が私は嫌い..


 ふふっ嘘よ。

 私こそ嫌われてないかしら。

 私、友達っていないから、どうしたら友達になれるのかもわからないしね。


 貴女が連れ去られるのを見て、思った。

 友達になれそうな子を取り上げないで。

 私から、お友達を奪わないでって。

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