第488話 挿話 ビミィーネン、その日々 ⑥

 逃げたいだけだった。

 卑屈だった。

 でも今になってみれば巫女になりたい、なれるとも思っていない。


 神官様が引退して、故郷に帰っていかれた。

 寂しかった。

 次に来た方にも、少し期待していたと思う。

 でも次に来た方は、妙なお人だった。

 妙なお人で、あっという間に病みついて、亡くなってしまった。

 知り合う暇もなくて、どんな人かもわからぬ内に亡くなった。

 普通に神官様も死ぬんだと思った。

 最後の頃は、酷く取り乱していた。

 何か、とても恐れていた。

 苦しんで死ぬのがわかっている死刑囚みたいな感じかな。

 病気だったから?

 死にたくないと毎日言いながら、部屋にこもって何かをしていた。

 お祖父ちゃんだけが、世話をした。

 そしてお亡くなりになって、弔う前に城から兵士が来た。

 神官様の死が、まるで私達の所為だと言わんばかりの態度だった。


 心の奥底にしまい込んだ気持ち。

 言葉に出したら、今の生活も地獄になる。

 だから我慢した。

 あのの人達は、私達を処刑すると言った。

 裁判もしないで、私達がどんな極悪人かと罵った。

 皮肉だったのは、その第八の憲兵隊の人が私達を庇ったことだ。

 何が皮肉だったかと言えば、その憲兵の人は疫病で家族を失った人だった。

 そして私達を罵った偉い人は、何も失っていない人だった。

 最後には、別の事でその偉い人と憲兵の人が喧嘩になった。

 別の、腐土の事で喧嘩になった。

 騒ぎが大きくなって、私達の事は有耶無耶になった。


 けど、この時、前の神官様が言っていた事が少しわかった。


 相手におもねる必要はない。


 相手が正しいとは限らないのだ。

 私が、どう考えるかだ。


 お祖父ちゃんと母さん、私を慰めてくれたのも、結局、南部奥地出身の兵士だった。

 私達が何者かを知っている人だった。

 そして父さんが苦しめた人だった。


 そして私達を塵だと言ったのは、新しい第八の人達。

 彼らは父さんと同じ東部貴族の人だった。

 とても皮肉だと思った。


 そして巫女様と貴女が来た。


 ***


 本物の巫女様が来て、自分が馬鹿に思えた。

 巫女になりたい。

 けど、言ってなれる者ではないと理解できた。


 生きて自分で動けるのに不平不満を持つ私。

 そんな私に、誰が救えるだろうか。

 他者を救い、神を信じ、強い信念を持つ人になれるとは思えない。

 少なくとも、文句ばかりの性根では無理だ。

 私って、そういう悪い子だもの。


 そんな私を見つめる巫女様は、常に何かを見定めようとしていた。

 それは罪人の娘である私を見ているのではない。

 私の魂が何者であるのかを見ている。

 透徹した視線だ。

 引退した神官様は常に愉快な事を拾い上げるような方だった。

 悪く言えば、人を教育しようとはしない人だった。

 あるがままでよいと。

 そして今度いらした方は、その逆。

 善き神の導きを人々へと与えようとする教師。

 巫女らしい巫女なんだろう。

 その本神殿の巫女総代と呼ばれる方は、引退した神官様が言った通り、神に身を捧げる恐ろしいおかしい部分を感じさせる人だった。


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