第487話 挿話 ビミィーネン、その日々 ⑤
ミルドレッド城塞内の教会。
街は、中央出身の人が殆どで、南領生まれが少ない。
街中で暮らす分には、酷い差別もない。
南領南部を離れれば、居心地は格段に良かった。
そして神殿の方々からも、つらい言葉も態度も与えられなかった。
不思議だった。
まるで憎しみを全て神様に預けたかのように、私達を責めなかった。
もしかしたら、見捨てられただけかもしれない。
けれど、それでもよかった。
痛い言葉を与えられないだけで、私は安堵した。
城塞の老いた神官様なぞ、あまりに普通の態度なので、最初の頃は逆に眠れなくなるほど不安になった。
けれど、慣れてくると神官様の側に常にいるようになった。
今までの分を取り返すように、よく話をするようになった。
不幸な子供を憐れんでくれたのだろう。
お祖父ちゃんや母さんの側にいるより、神官様の側にいた。
安らいだ気持ちを取り戻したのは、信心ではなく神官様の憐れみを受けたからだ。
神官様はきっと普通より気にかけてくださったと思う。
失った子供の時間を取り戻させようとしてくださったのだと思う。
お伽噺や昔話をたくさん教えてくれた。
私は、普通の子供が知っているような事を知らなかった。
知らないことを知らなかった。
今はちゃんとわかってる。
私は普通の育て方をされなかった。
私達家族は、真っ当ではなかった。
もちろん、普通の時間もあったけれど。
神官様は、東マレイラ出身で、土地の昔話もよく知っていた。
語るお話も色々で、今になって思い返せば、この土地の出身だからこそ、私達家族を憐れんでくださったのだろう。
親兄弟で戦をし多くを失うのは、何も今に始まった事ではない。
このマレイラの多くの人族は、同じ血筋血統氏族で、争ってきたのだ。
憎しみに摩耗し、心をすり減らす愚かしさを知っている。
だからこそ、罪人を許す神の者になったのだろう。
ここでの暮らしが形になると、私も少しづつわかってきた。
私の中にある、家族の形には戻れない。
お祖父ちゃんとも母さんとも、父さんが笑顔でいた頃には戻れない。
二人の笑顔が優しい言葉が、他人のように感じる。
彼らが嫌いだ。
そんな感情を覚える自分が怖かった。
だから、神官様にお願いした。
巫女見習いにして欲しいって。
でも、そんな逃げの感情はお見通し。
見習いにはなれるけど、巫女にはなれないよ。という話をしてくれた。
『それにな、まだまだ人生を決める必要はないんじゃよ。
道が塞がれているような気がしても、誰が何を言おうとも。
まだまだ、たくさんの道が続いているんじゃ。
それにな、ビミン嬢ちゃんよ。
爺ぃが言うのもなんじゃがな、神様にお仕えするには、真っ当すぎる。
ん?神なんぞ崇める輩は、頭が少しおかしいもんじゃ。
子供のうちから眉間に皺寄せて、人生とはなんぞや?
と、考えているなら、神よりも他にいっぱい学ぶ事があるもんじゃよ。』
本当の巫女になれるのは、一握りだ。
貴族だから金持ちだからとなれるものでもない。
巫女や神官を名乗るには、特別な力が必要なのだ。
正神官、正巫女と呼ばれる位階は、神のみが与えられる。
神力と呼ばれる力がなければ、なれない職という訳だ。
『それに神力なんぞあったところで、人生が豊かになるかどうかは別の話じゃ。
己を救うのは、己のみじゃ。
神は救わず、神は与えず、示すのみ。
意地悪じゃろ?
そして意地悪な相手を選ぶ必要はないんじゃ。
ビミン嬢ちゃんがな、付き合う相手を選ぶんじゃよ。
何も相手におもねる必要は無いんじゃ。』
罪人の娘だから、見習いにはなれない。
その時は、そんなふうに受け取った。
もちろん、それは私の心が歪んでいたからだ。
今は違うとわかってる。
神官様が心配してくださっていたこともね。
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