第486話 挿話 ビミィーネン、その日々 ④

 無口になった。

 当然だ。

 話すのは用事がある時だけ。

 下働きの部屋も、普通は共同なのに、私だけ個室。

 誰も来ないし、誰も私を気にかけない。

 いつか、誰も私を知らない場所に行きたと思った。

 でも、無理だと知っている。

 そんな毎日。

 でも、ある日。

 母さんのお父さん、お祖父ちゃんの所へ行くようにと通達が出た。

 下働きに入って以来、母さんともお祖父ちゃんとも会っていなかった。

 何となく、悪い予感がした。

 死ぬのかなって。

 どのくらいお祖父ちゃんや母さんと離れていたのか。

 会うまで実感がなかった。

 そして、自分が変になっているってわかった。

 普通なら、離れていた家族に会ったら嬉しいはずでしょ。

 嬉しくて泣くか、もっと心が安らぐはずだと思っていた。

 そんな筈なのに、二人が喜んで泣いているのとは逆に、私は嫌になった。

 顔は笑顔。

 心の中は真っ黒な煤に覆われているような気分。


 何年も会えなかったのは、それぞれに労役についていたから。

 手紙のやり取りも禁じられていたのだから仕方がない。

 それに皆、生きているんだから。


 と、理由を並べても、私は泣くほど嬉しくなかった。

 そして何故だろう?

 死んだ父さんに会いたいと思った。


 皆が言う通り、父さんは悪い事をした。

 処刑も当然だ。

 でも、私は父さんに会いたい。

 会いたいし、信じている。

 信じていたいと思った。


 世間も何もかも、当然の悪だと認めている。

 私も知っている。

 けどね、オリヴィア。

 私ね、父さんが好きなの。

 今でも、信じているの。

 私の父さんは、悪い人じゃないって。

 子供の頃に肩車してもらった時の景色も覚えている。

 一緒に食べた、玉蜀黍とうもろこしの味も覚えている。

 寝る前のお話も覚えているの。

 擦り切れてしまった思い出の中でも、覚えているの。

 転んで手首を折った時も、慌てて手当をしてくれた父さんを覚えているの。

 故郷の夏を覚えているように、私は私の幸せを覚えているの。


 皆が言う通り、なのだ。

 と、知っていても。

 私は未だに、父さんに会いたいのだ。

 処刑された、父さんの死を受け入れられないのだ。

 死んで、欲しくなかった。


 でも、この二人は違うと思った。


 どうして、父さんの死を受け入れているの?

 父さんがいないのに、何が嬉しいの?

 私が生きていたから?

 苦役が終わり放免されたから?

 ずっと聞きたかった事があるわ。

 どうして父さんの行いを止めなかったの?

 二人は何をしていたの?

 大人だった二人は、どうして父さんを助けなかったの?

 どうして?

 どうして?

 何であんな行いを許したの?

 少なくとも、私達は家族だった。

 家族なら、父さんを引き止めることはできなかったの?

 話し合う事もできなかったの?

 まるで自分たちも、被害者のように考えているの?


 でも、私には二人しかいない。

 それに私も同罪だ。

 私を責めた子の言う通り、父さんの子だからこそ同罪だ。


 死ぬもんか。

 何故か二人を見て決めた。

 

 忘れるものか。

 私ぐらい父さんを、本当の父さんをって。
















 でも、知ってる?

 本当に恐ろしい目にあうと、その時の記憶って千切れてしまうのよ。

 千切れてのよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る