第485話 挿話 ビミィーネン、その日々 ③

 抗弁の言葉はでない。

 言った所で、私一人の言葉は誰にも届かない。

 でも、きっと私の心の声は聞こえるのだろう。

 私を罵る相手の声は大きくなる。

 でも、そうして意地悪をしてくる相手だって、少しも楽しそうでも嬉しそうでもないのだ。

 怖い。

 相手の顔を見る。

 何処かで許して欲しいという願いは届かないとわかる。

 私は知らなかったという言葉を言いたかった。

 私は子供だったのだという言葉。

 それにも増して、私の父さんはそんな悪い人じゃない。

 そう言いたかった。

 けど、怖い。

 嬲り殺しになる所を収容されてから、人間が怖かった。

 同族が怖かった。




 貴女は何も知らなかった?

 そう言いたいんでしょう?

 じゃぁ私達は、どうしてこんなに苦しんでいるの?

 私達こそ何も関係ないのに、普通の暮らしを壊されたのよ。

 貴女は幸せな夢の中に生きてるのよ。

 私達、いいえ、私は地獄にいるわ。

 あの子も私も家族を失った。

 黒い御領主に殺されたんじゃない。

 御領主様がお通りになられたら、後には灰が残る。

 綺麗な灰よ。

 私達の苦しみを消してくれたのよ。

 私達は、黒い御領主を虐殺者とは呼ばないわ。

 呼ぶやつは、未だに貴女の父親と繋がっていた奴らだけよ。

 貴女の父親が通った後には、塵のように死体が捨てられるのよ。

 虐殺者は貴女の父親よ。

 私は憎い。

 貴女の父親が憎い。

 それにも増して、貴女が憎い。

 あの子は、憎みたくないっていうけれど。

 私には無理だ。

 私には妹がいた。

 妹はね、浄化作業で死んだ。

 でもね、仕方がないってわかってる。

 貴女を見なければ、納得できるの。

 どうしてか?

 それはね、私の妹が貴女と同じ封鎖地域にいたからよ。

 貴女は、高名な祖父が手を回して逃げのびた。

 コソコソと逃げて、浄化が終わるまで隠れた。

 見つかった時に焼き殺されればよかったのに。

 お金を積んで逃げたの?

 封鎖地域からどうやって逃げたの?

 病を広げない為に、涙を飲んで皆が残ったのに、貴女と母親は逃げた。

 他にも病を広げてもいいと思ったの?

 貴女と貴女の母親、そして偉いという祖父は、それでも人間なの?

 自分たちだけ生き残れば、他の人間は死んでもいいと思っているの?

 貴女の父親が原因で、南の人間が死に絶えようと言う時に、自分たちだけ助かれば、他は死んでもいいと思ったの?

 何で生きているの?

 私の妹は病の徴候ありで、殉死よ。

 お慈悲で薬殺の後に焼却されたのよ。

 死体も無いから、お墓は慰霊塔だけよ。

 何?貴女は何も知らなかった?

 あの時の貴女より、妹は幼かったわ。

 ねぇ、聞いてる?

 どうして貴女は、平気で生きているの?

 どうして死なないの?

 私が殺さないのはね、死んだ家族が望まないと思うからよ。

 決して貴女を許したわけじゃない。

 でも、苦しんで欲しいと思っているわ。

 これだけは断言できるの、貴女のまわりにいる家族を失った者はね。

 貴女に死んでほしいの。

 それもとても苦しんでね。

 でも、私達は手をくださない。

 貴女や父親、母親、そう貴女の家族とは違うから。

 卑怯で塵のような人生を生きればいいわ。



 ***


 暫く、他人と過ごすのが怖かった。

 でも、日々は過ぎていく。

 そうすると、色々な感情も色も無くなる。

 働いて、普通に暮らす。

 でも、この共同社会から抜け出す事はできない。

 父さんの子供だから。

 監視されている。

 でも、監視されていなかったら、私刑になってとっくに死んでいただろう。

 でも、獣人という同族の中に、居場所はなかった。

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