第490話 挿話 ビミィーネン、その日々 ⑧

 あの男は気がついたのかもしれない。

 私が、貴女と友達になれたらいいな。

 って思っていたことを。

 だからきっと取り上げた。

 そんなふうに思った。


 次の日も帰ってこなかった。

 城からあの男、黒い御領主の部下が来た。

 いつもの大きな二人じゃない。

 いつも笑ってる人だ。

 疫病で家族を失った人だ。

 知ってる。

 黒い御領主の部下の殆どは、一番人が死んだ場所の出身だった。

 自ら家族を殺して焼いた人達だ。

 だから、誰も彼らを責めない。

 彼らも苦しい思いをしたから。


 怖い。


 半笑いで、彼は言う。


 「クリシィ様が戻るまで、巫女見習いも戻らないですよ。」


 私は恐れを忘れて聞いていた。

 無事なのか?と。

 すると男は、冗談を聞いたように笑いを深めた。


「何を勘違いしているのでしょう?

 我々をゲスな輩と思うのは勝手ですが。

 貴方方を見捨てた東部の者の方が、余程のゲスでしょうに。

 それに今も昔も、貴方方には欠片も興味はありません。

 えぇ、閣下も我々も、貴方方には欠片も興味はありませんので、あしからず。」


 を、相手にするほど暇ではありませんしね。


 彼はお祖父ちゃんに向かって追い払う仕草をしてみせた。

 それにお祖父ちゃんは、何も返さなかった。

 否、変だった。

 ぼんやりとして何も見ていない、聞こえていないようだった。


 時々、母さんもそうだけど、お祖父ちゃんも変になる。

 母さんの言動が支離滅裂なのは、叛乱の時の怪我の所為。

 お祖父ちゃんもね、時々、ぼんやりとして反応が無くなるの。


 それも怖くてね。

 貴女がいる時は、二人共、昔みたいだった。

 何もかも、昔みたいにだった。

 普通のお喋り、お互いを気遣う態度。

 ぼんやりすることも、変な言葉を喋ったりもしない。

 夜に目覚めて、私が耳をすます事も無い。

 しんと静まり返った夜。

 怖い話が聞こえてこないか、貴女がいれば気にしないで済んだ。

 嵐の次の日に差し込む、朝陽。

 きっと私達家族は、クリシィ様や貴女と暮らす事で普通を感じられたのね。


 ふふっ、何を言っているのかしらね。

 私は少し大人になった。

 何も決められない子供でもない。

 言葉も言える、自分の人生を選ぶ事もできる。

 気がついているけれど、選べない。

 何処に向かって歩くのが、正解なのかわからないの。

 駄目ね。


 ***


 次の日から、クリシィ様がいる集会場へ戻る事になった。

 泊まり込んでの、怪我人の世話。

 貴女もいないし、教会を閉めてこちらで過ごす事にした。

 鐘は町の人に頼んだしね。

 集会所にはモンデリーから物資が運び込まれていた。

 特に不足もないので、クリシィ様の指示の元で作業した。

 洗濯炊事、雑事をこなしたら、お祖父ちゃんが街を見るか?と言う。

 何だか、そんな気分にならない。

 貴女がいれば、一緒に見にいったかもしれない。

 不思議とね、思ったの。

 もう、この街を一緒に貴女とは見れないってね。

 潮騒を聞きながら、そんな感傷に浸った。


 馬鹿みたい。

 きっとお腹が空いているのよ。

 商会の人に振る舞う料理を増やさなきゃ。

 芋があったはず、いっぱい蒸そう。

 貴女も、お城で遠慮しちゃだめよ。

 きちんとご飯は食べるのよ。

 果物ばかりじゃなくてね。

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