第247話 血にて誓う

 躊躇ためらわず、グリモアと繋がる。

 構うものか、奪われたのだ。

 目の前で、奪われたのだ。

 の目の前で、稚拙ちせつな呪術を使い、の手から子供をさらった。

 許すものか、許してなるものか!


「頭痛がしそうだ。化け物、神ね」

「シュランゲには、青馬の王、この地の祟り神を封じた祭祀さいしの村なのでしょう。」

比喩ひゆではないのですか、野獣が出ただけなのでは」

「この地には、人を喰う神がいた。

 それをシュランゲの者達が、呪によって封じてきた。

 迷信、慣習、本来なら、それで終わる話でした。

 だが、神との約束は、違えてはならない。

 アイヒベルガーは、理解していたはずだ。

 多くの人を殺しても守らねばならぬ約束をした。

 それを破棄すれば、手痛い報復がくる。

 わかっていたはずだ、わかっていたはずなのに!」

「落ち着きなさい!」


 館の窓が震える。

 打ち寄せる波のように衝撃が空を震わせた。


「わかるように言葉にしなさい。冷静になるのです」

「シュランゲでは、昔からの仕来りに従って金属を加工していた。

 アイヒベルガーは、物騒で高価な武器をつくる彼らを庇護していた。

 そこに神との約束は、時が流れて迷信となっていた。

 言い伝え、昔話をかたるシュランゲの村長。

 それはアイヒベルガーでも同じだった。

 奥方が、その迷信を掘り起こした。

 中途半端な知識で、嘘のままにしておけばよい事を掘り起こした。

 自分の嘘を真実にする為に」


 私がせわしなく支度を整える間、サーレルは窓際に立った。

 黒煙が空を覆う。

 森が燃え続けているのだ。


「貴重な金属を作り出す毒、それは封じた神がもたらす言葉、眠る神が約束を果たしている証拠の品だ。

 それを受け取るのはかんなぎ、神と人を繋ぐ子供であるエリが受け取る。

 友誼ゆうぎの印です。

 だから、エリが生きて、その友誼の印を手にしているかぎり、神は魔に堕ちる事はなかった。

 盗人どもは、奥方からの半端な知識をもって、エリだけを生かした。

 侯爵本人は、知らなかったという事はありえない。

 最初から毒を撒き散らす者を探さなかったのが証拠だ。

 氏族の中での争いが村に及んだと知り死を覚悟したのだ。

 己が死ねば終わると思っていたのかも知れない。

 だが、エリが生きていた。

 隠され子がまだ無事で、生きている。

 侯爵は盗人を探す事にした。

 これでアイヒベルガーは残ると。

 だが、侯爵はエリから一部とはいえ、神の言葉を盗んだ。

 馬鹿な事を、何と愚かな事を」

「何処へ向かいますか?」

「一緒に行くつもりですか?」

「眼の前で子供が消える。確かめねばなりませんでしょう?

 厩に行きましょう。さぁ、貴方の不思議なお話を続けなさい。

 何か喋っている方が落ち着くでしょう。ほら、真っ青な顔をして、まだ、何も貴方にはおきていない。

 貴方はここにいて、私に小難しい言葉で喋っているだけです。ほら、続きを喋りなさい」


 見上げた男は、いつもどおりの薄ら笑いだ。

 何が起きても、人を殺す生業の輩には、小さな事、なのかもしれない。

 すっと気が落ち着く。


「エリは特別な血、侯爵と同じ氏族の血をもっています。

 だから、奥方や他の人が村を離れても問題はなかった。

 アイヒベルガーの紋章を覚えておいでか?」

「神鳥ですか?」

「毒と汚れを抑え込む鳥、この地に眠る疫神を抑え込むのが役目なのです」

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