第248話 何も残らない

 準備を終え、うまやに向かう。


「青馬の昔話では、領主は家族、氏族を殺しました。

 この地に来たことにより犠牲を払った。と、解釈することもできます」


 絶え間ない揺れに、建物が軋む。


「貴方の馬では無理でしょう。私の馬に一緒に乗りなさい」


 厩舎きゅうしゃの馬達は、怯えと興奮で浮足立っていた。

 その点、軍馬は落ち着いている。

 サーレルが鞍をつけるのを見ながら、私は口をつぐんだ。

 その間にも、思考の流れが頭の中で騒がしい。

 様々な声が、自分勝手に喋り続ける。

 狂人の思考とは、きっとこのような感じなのだろう。

 と、その奔流ほんりゅうの片隅で思った。


「で、どんな化け物が暴れているのですか?」


 その問いに、私は下を向く。

 そうして手袋の革紐を、結びなおす振りをした。


「旦那は、うわばみ、竜..退治の経験はおありか?」


 どういった表情を浮かべていいのかわからないままに、顔をあげる。

 サーレルは、そんな私の顔を見てから、しばし考え込んだ。


「竜、竜ね..世も末ですね。

 仕事の選択を間違えましたかね。

 ほんとうに、若い頃の自分を叱り飛ばしたいものです」


 馬を外に引き出すと騎乗する。

 見渡せば兵士は走り回り、支度ができた者から隊列を整え出ていっている。トゥーラアモンに戻るのだろう。


「で、何処へ向かいますか」


 馬上のサーレルに引き上げられる。


「すべてを一番わかっている人に会いたいです。エリの行き先も、心当たりが思い浮かぶかと」

「では、少し化け物の動きを確認してから、侯爵に会いに行きましょう」


 絶え間なく響く地鳴りと咆哮。

 馬首をトゥーラアモンに向けた。


 ***


 風は北から吹いている。

 森林を焼く炎の広がりは、見たかぎり限定的だ。

 雨と雪が交互に降っていたおかげだろうか。

 それでも黒煙は空を覆い、時々流れる雲は赤い光りをうつしだしている。

 地鳴りと光り、炎と黒煙。

 馬上から見える森は、戦が起きているような有様だ。

 それを見て直線では移動せずに、まずは風上に向かう。

 流れの側の道から、北に向かい森を見下ろせる丘に向かう形だ。

 丘は所々に岩が地面から突き出ている。

 登りながら見える景色は、北の荒涼とした山だ。

 その丘に駆け上がると、今度はトゥーラアモンを見下ろす。

 まだ、蠎は森の中だ。

 見えない。

 見えるのは炎だけだ。

 揺れと音、破壊音と奇妙な声がはっきりと届く。

 馬の耳が忙しなく動いた。

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