第249話 何も残らない ②

「確かに、あれは化け物だ」


 樹木が押し倒され、粉塵と炎が激しく柱となる。

 ひときわ破壊が行われている場所に、ちらちらとその姿が見えた。

 時折、青銅色の頭が木々から見える。

 奇妙な動きだ。

 七つも頭があるからか、それぞれに動き、長い胴体が蠢く。


「大きさは、2ミッレから2.5ミッレでしょうか。

 動きが蛇行していてよく見えませんね」


 トゥーラアモンの境界壁は、石積みの低いもので5パッスぐらいだ。


 1ペデが人族の成人男子の歩幅だ。

 1パッスは5ペデ。

 1ミッレは5000ペデ。


「頭の大きさは、2パッスはありますね。

 牛や馬、人なら丸呑みできそうだ。」

「嫌な事を言わないでくださいよ」


 丘から少し外壁の方向へと近づく。


「境界壁を乗り越えるのは簡単でしょう。

 城館は外殻門を閉じればいいでしょうか?

 もつかもたないかはわかりませんがね。

 しかし城下の街は、もちこたえられるような作りでは元々ない。

 あの様子だと砂漠の大砂蟲ぐらいありそうですしね。

 まぁ砂蟲は、炎は吐き出しませんが」


 落ち着いた物言いだが、彼の体も強張っていた。

 私はといえば、遠目に見ているだけだと言うのに、息が苦しく震えが止まらない。

 生き物としての格の違い、捕食者を恐れているのだ。


「大戦場なら、大掛かりな武器もあります。

 砂蟲を殺す事もできなくもない。

 ですが、あの多頭の生き物を殺すには、多くの労力が必要そうですね。

 平城では、ひとたまりもない。街は終わりでしょうね」

「人が逃げる余地は」

「足が遅い。それだけが救いですね。

 他は非常識すぎて笑いもでません。逃げるだけなら、フリュデン方向へ来るのがいいでしょう。」

「軍なら倒せますか」

「もちろん倒せますよ。このあたり一帯を不毛にするような武器もあります。ただ、その頃には何も望めない更地になりますけどね」


 境界壁に蠎がたどり着く。

 木々の間から、ゆっくりと首が擡げられ姿が徐々に顕になった。


「砂蟲を見たことがありますが、あのように知能が高そうな様子はありませんでした。あのかしら七つに知能があるなら、中々、苦戦するでしょうね」


 サーレルは片手を翳し、目を細めた。


「火を吹く?」


 蠎が息を吸い込み、胸をそらした。

 鎌首を少し後ろに引き、それから大きく口を開く。


 炎がでるのかと、息を飲んで見つめる。

 と、にび色の液が境界壁に吹きかかった。

 思い砂袋が落ちるような音の後、石壁はもうもうとした白い煙に包まれた。

 他の首が笑うように鳴き声をあげる。

 風が煙を巻き上げると、そこには飴のように溶けた壁の残骸があった。

 私達は、馬上でほうけた。


(誰が、あれを倒すんだい?)

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