第246話 蠎(大蛇) ③

「どういうことだ、こんな」


 何の痕跡も見当たらない地面を指して、ライナルトが怒鳴る。

 私は自分の荷物を探しに、館に向かい歩き出した。


「何処に行くのだ!」

「もちろん、エリを探しにですよ」


 噴火山の山鳴りのような音と振動が体を揺らす。

 振動が大気を揺らし、足元を縺れさせた。


「どうやって消した!」

「侯爵に聞かれるといい、神のモノを盗んだのかと。聞いても答えぬでしょうが。」

「どういう」

「ライナルト卿!お戻りを、急ぎお戻りください!」


 ライナルトは血相を変えた兵士達に囲まれ、連れて行かれる。

 私を問いただしたいのだろうが、今はそれどころではない。

 トゥーラアモンのアレを誰か見たのだろう。

 彼も気がかりであろうが、侯爵の元へと急ぎ戻らねばならない。

 彼が次のトゥーラ・ド・アモン・アイヒベルガーなのだ。


「あてはあるのですか?」


 サーレルが問う。

 急ぎ屋敷の部屋に向かいながら、グリモアを読む。

 どうしてだ?

 どうして災いの場に彼女が据えられるのだ?


「エリは約定の要。

 神と人とを取り持つ役目をするかんなぎだ。

 呼び出されたという事は、利用する為だ。

 誰が呼んだ?

 侯爵ならば良いが、彼は呪術師ではない。

 約定を保たせる血だ。

 呪術師は誰だ?

 この血で力を振るうのは、シュランゲのばばだ。

 だが、術に囚われてはいても婆は死者だ。

 婆は鎮める為にエリを使う事はない。

 誰が呼ぶ?

 最悪はアレに喰わせる為か?

 喰わせて終わるのは人の方だ。

 違う。」

「私にもわかるように言いなさい」


 小走りになる私の肩に、サーレルの手が乗る。

 軽く添えられた手に、我に返った。


「旦那、アレは人間を喰う。

 いまだシュランゲの呪術師の敷いた呪術方陣の内側にいるが、誰ぞが神との約定を盗んだおかげで、顕現した。

 盗人を喰らうだけで消える代物が、封じられるのを拒んで降りた。」

「アレとは何です?それが子供が消えた事とどう関わりがあるのですか?」


 部屋にたどり着くと、自分の荷物の中から、弓と矢筒を取り出した。


「トゥーラアモンの側、湖側の森から化け物が出た。

 シュランゲに封じていたモノが、怒り狂って顕現したようです。

 村には、化け物がいた。

 それが盗人を追いかけて、トゥーラアモンを襲っている。

 エリは、呪術の起点だ。

 だから、誰がどのような目的で攫ったにせよ、殺されてしまうかも知れない」

「何故」

「神と人が約束をした。

 人が約束を破ると、神も約束を破ることになる。

 人が約束を破ると、神も実体を得えて魔になる。

 約束の形代が、エリという血です。

 そしてエリが後生大事にしている玉は、神の血です。」


(神を鎮める為に生贄にする?

 いや、そんな事を婆はしない。

 そして侯爵もしない。

 なら、誰が覡を連れて行く?

 目的はなんだろうね。

 覡の血と神の血、どちらも呪術の触媒としては最高だ。

 きっとそんな事を考えたんだよ。

 でも、神のお皿にのった供物を盗んだらどうなると思う?)

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