第737話 俺は変わったか? ⑩
不快。
寒気と悪寒。
凝視していると、カーザが問う。
「開封できるか?」
開けていいのだろうか?
それが正直な気持ちだ。
巫女頭様ほどの信仰心なら耐えられるのか?
開けてはならぬと思う私。
開けてみれば面白いと思うワタシ。
相変わらずグリモアは楽しんでいた。
人間の滑稽な懊悩と愚かしい姿を。
「巫女見習い、その紙を破らずに剥がせるか?」
「破いたらどうなる?」
「箱の継ぎ目が溶けて蓋が開かなくなるそうです。
神殿の封印箱という物らしいですよ。
そうすると箱を割る事になりますが、うちの鍛冶師も罰当たりな事はしたくないので勘弁してほしいそうです。つまり、溶けた時点で神殿へ返送になります。」
「やらんでいい。これを下に持っていけば済む話だ。」
「物品の洗浄ができれば、自分たちもそうしています。
巫女頭殿に渡した後、これを携えて下から戻って来る事ができないとなると、巫女頭殿の方の行動が制限されかねない。
城塞に入れるにも、洗浄後です。
だからと王都へ戻すにも、厳しい検疫が課せられる。
老齢の巫女頭殿に原野を流離えとは言えませんよ。
まぁ
「ならさっさと送り返せ」
「シェルバンの地にて発見され、中央の判断で神殿へ送られた物です。
それを神殿方から送り返された。
それを何もせずに戻すのは」
「なら、下の騒ぎを収めればいい」
「公爵閣下は出立を急がれていますよ」
繰り返される会話は滑り、カーンはつまらなそうだ。
どうでもいいし、面倒くさいと考えている。
「お前らは変わらねぇなぁ」
「どういう意味です」
「そのままだ。まぁ俺も五十歩百歩、面倒くせぇ事から逃げたがるがな。
だが、それでもやらなきゃならねぇ事から逃げたことはねぇよ。
嘘もつくし、ひでぇ馬鹿もするがよ。
そんでも自分に嫌気がさすような嘘も、逃げもしねぇ。
俺はな、自分のしくじりを帳消しにするために誰かの首は刎ねねぇんだよ」
「よくわかりませんが、何を躊躇ってるんです?」
「躊躇う?」
「そんな大層なお願いではないでしょう。
巫女ならできる封印開封をお願いしているだけです。
中身を確認し、下に送るかこちらで保管するか決めるってだけですよ。
報酬をお望みなら、どうぞここから持ち出せる物をお持ちになったらいい。」
嘆息。
実際にはため息などカーンはついていない。
彼の心の中の事だ。
彼は私を見て唇を歪めた。
言葉にはしていないが、その心情が繋がりを通して届く。
カーンは、嘘つきを見飽きていた。
あぁ会話をしたくないと心底思っている。
嘘?
「都合の悪い事は全部忘れる。ってのは、どうよ?
呪われてんのは、こいつらじゃぁねぇのか。
それとも俺が、人間の言葉を喋っていなかったのか」
と、傍らの私に問う。
小声だが、バット達にも聞こえているだろう。
それにグリモアから笑いがこぼれる。
どうやら、私にはわからない冗談のようであるらしい。
ただ、私達が箱を見て不安を覚える気持ちが彼らには伝わっていないという事がわかる。
カーザもバットも、神殿からの小包を開封するだけの事と考えている。
けれど、グリモアの感化を受けた私やカーンにすれば、この眼の前で冷気を発する代物は、不安の種であり仄暗く死の気配を感じる呪物にしか見えない。
嘘。
呪物。
カーンの嫌悪と微かな、怒り。
「手を出さねぇでいい。くだらねぇ話なんだよ」
彼の瞳を見ながら、私は頷いた。
頷き、私は箱に向き直った。
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