第736話 俺は変わったか? ⑨

 その時、公爵が笑った。

 含み息を漏らすように笑う。


「どちらにしろ、我が領地は救われそうもありませんね。

 何がおきているのか把握するには、領地に帰還する事が一番でしょう。

 そうだとしてもアッシュガルトが落ち着いてもらわねば、コルテス内地へ向かう事もできません。

 今現在、どのような様子でしょうか?」


「変異の兆候が無い住民は、隔離し検査をしています。

 海沿いの住民は、その数少ない無事な者が多い。

 街の中心部は、占領を完了しつつあります。

 焼却を中心とした手当を行い、現在は地下の通路や街全体の戸別確認をしている状況です。

 また、街道の安全確認と封鎖状況などにも人員を出しています。

 いずれも医療調査も含めて時間がかかっていますが、二三日中には鎮圧は完了するでしょう。

 後の管理や差配については、駐留部隊が当たるのが順当かと存じます。」


 と、モルダレオの言葉をついで、バットがそれぞれの部隊の配置などを説明した。


「コルテスに戻るには、領地から迎えをと考えていましたが、無理でしょうね」

「こちらでお送りする人員を揃え次第となります。

 時間については、しかとは現段階では申し上げられない状況です。」

「いえ、こちらこそお手数をかけますが、よろしく頼みます」


 と、ここで一旦解散となり、公爵は更に詳しく健康状態を調べるべく検査となった。

 すぐにでも領地に向いたいところであろうが、下の騒ぎは依然として散発的に続いており、決して安全が保たれている状況ではない。

 公爵は足止めを余儀なくされ。私はテトとビミンを相手に暇を潰す。

 ニルダヌスの処分は、彼の記憶や証言を絞り尽くすまで保留だそうだ。

 そうして数日後、再び同じ場所に呼ばれた。


「困り事がある」


 今回もカーンがいる。

 そして部屋の中には、カーザとバットの両名だ。


「今日、中央からの返書と共に、これが届いた」


 バットは、円卓に置かれた鉄の小箱を示す。


「巫女頭殿はモンデリーに足止めとなった。

 本来は巫女に鑑定と保管を願いたいところだが、巫女見習いでもよかろうかと、来てもらった。」


「事情を説明しろ。」


 カーンも呼ばれた理由を聞いていないようだった。

 問われたカーザは、何故か視線を下げたまま、ぼそぼそと返す。

 まるで叱れられるのがわかっている子どものように見えた。


「貴様が言ったように、見習いだろうと力は本物なのだろう?

 この物品の扱い方を教えてもらおうと思っただけだ。

 どうも、シェルバンの関から出た代物らしい。

 これが原因のひとつかもしれんしな。」

「また、これにタダ働きをさせる気か?」


 カーンの不機嫌な物言いに、カーザは鼻白み黙った。

 しかしバットの方は、珍しく不快だと表情に出して返した。


「待ってください。

 神殿方から巫女頭殿への品で、勝手にこちらが手を加える訳にもいかない。

 だが、早々にあるべき場所へと届けよとも命じられている。

 卿がおっしゃるとおりに、こちらもお願いしているだけです。

 私達だって、何も考えていぬ訳では無い。

 詳細がわからぬ物品を、ハイそうですかと下で難儀している巫女頭殿の元へと投げ入れるのも問題でしょう?

 避難中のモンデリーのところへ無事に届けよと言うならしますが、どうせ中身をモンデリーの方で先に確認するような事になる。

 壊されたらたまらんのですよ。

 叩き壊して中身を確認されても困るんですよ。

 なら中身だけ取り出して送る方がまだいい。

 この封は神殿長が施した物だ。

 開封する場合は、破いてはならない。

 巫女見習いに手をつけてもらうのが一番だと考えた訳です。

 なにしろ神殿の者で、力をお持ちなんでしょう?

 こちらも手詰まりなんですよ。」


 と、封印された小箱を見る。

 蓋の開口部に長方形の紙が貼り付けられていた。

 手を無闇に出せば、紙は破けてしまうだろう。


「これを守るために、俺はいる。

 従う必要は欠片もない。」

「本当なんですか?」

「どういう意味だ」

「力があると貴方が言った。

 当然、神使えならば、封を解けるでしょう。

 できないから、最初からことわっているとも見えますよ。」

「どう解釈しようとかまわん。」

「そうですか。

 でもですね、公爵殿が領地に帰る前に、中身を確認してもらいたいのは、本当なんですよ。

 これはあるべき場所に送り届けよとも命じられているんです。

 宛が巫女頭殿となっていますがね、持ち主へ戻すのが目的だそうです。」

「下の騒ぎを、お前達が早くおさめればいい」


 頭上を通り過ぎる会話を他所に、私は箱を見る。

 鉄の小箱。

 装飾は無い。

 上蓋から本体の部分まで、封じるように貼り付けられた紙。

 グリモアに問わずとも、内包する力が常識の埒外の代物であると感じた。


 蓋の継ぎ目の部分から、絶えず幻の冷気が漏れ見えもする。

 その冷気は、まるで北の絶滅領域から吹き付けるような痛みを伴うものだった。

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