第735話 俺は変わったか? ⑧

「前例が示していますね。

 戦争などで生物分布に影響があると環境が改変される。

 多数を占める事は皆も理解しているでしょう。

 最たる例が、腐土領域です。

 禁忌の行いにより腐土を作り出したと考える向きもありますが、死者の活動が先にあり、結果、あの領域が誕生したというのが定説となっています。

 息も続かぬ地獄を異形の為に世界が答えた。という考え方です。」


「推論だ」


 カーザの切って捨てるような言葉に、再び室内は静まった。

 少し、後悔する。

 シェルバンとボフダンの儀式地が見てみたい等と、楽しげに騒ぐグリモアに宿る意識。

 さざ波のような小さな呟きは、意識してすくい上げられる限界だ。

 わざとだろう。

 彼らは絶対の自信をもって、シェルバンの守護は当の昔に壊されていると確信していた。

 そう、腐土に関わった彼らの意見は、東がいずれ終わると笑っていた。

 なのに、私が関わる事を案じてもいる。

 優しくない優しさ。

 矛盾した魂たちも、元は人間なのだ。

 死者を恐れる気持ちは無い。

 彼らも私も人間だったのだ。

 と、ここまでで私は、ボルネフェルト公爵の行いに関しての記憶の開示は止める。

 対価が必要となるそうだ。

 彼の記憶の対価は、私の身を切り刻むだけでは不十分との事だ。

 何を取り上げられるとしても、私以外の誰かを支払いとするなどと誓約されてはたまらない。

 それにまだ、同じとは決まっていない。

 東マレイラで何がおきているのか。

 本当の理由もわからない。

 私は事を起こしている者とは術を通してしか知り得ていないのだから。

 賢しらに口を挟んだが、警告をしたかっただけなのだ。

 皆にもそうだが、公爵にもだ。

 誰も彼も、己が死ねば事が終わり物語はめでたく結ぶと考えていそうだったから。


『君もね』


 やめてくれ、わかっている。

 理屈をこね回すが、結局、簡単な手段を選びたくなる。

 けれど問題の解決には、現実的な対処が一番で私の考えは無駄な繰り言だ。


「そうでもねぇさ、お前の心配も口出しも無駄じゃねぇ。

 落ち込む必要は無いし、もともと巫女の意見が聞きたがったのは、そこの馬鹿どもだ。

 知恵のたりねぇ馬鹿ばっかりで現実も見えねぇ奴らだ。

 それにな、お前の言う事も、強ち想像だけに留まる話でもない。

 現に下では人間が喰われている。

 お前が言う人間様の住処を、黙って荒らされちゃァならねぇのは治安を維持する中央軍の役目だ。

 お仕事だな。

 この話し合いだってそもそも無駄だしよ。

 話する間にやることは腐るほどある。

 まぁ何にもわかっちゃいねぇ奴らに、自分の立場ってのをわからせるにはいい機会だから付き合っちゃぁいるがな。

 お前は、何にも悪かぁねぇんだよ。

 お前は大事な預かりもんで部外者だ。

 何を勘違いしてんだか、こいつらは皆馬鹿なんだよ。

 道理を考えりゃぁガキでもわかる話だろ?

 それこそ自分たちのお仕事を、部外者の神殿の者に意見を聞いた上で全否定だ。

 アホかよ。

 言葉は悪いが、牧夫は家畜の面倒を潰すまでみるもんだ。

 それは人間様の頭領にしろ、兵隊の天辺に座ってる馬鹿にしろ同じだ。

 利益を得る者は利益を産む者の面倒を見るのが仕事で、義務と責任をお互いに果たさねぇと釣り合わねぇ。

 守ってやれねぇなら、家畜なんざ最初から飼うんじゃねぇし、その家畜の乳や肉を食う権利はねぇんだ。それができねぇなら、黙ってろって話だぜ。

 手も出さねぇ人様の助言も切って捨てるような馬鹿には、元から何も意見する権利はねぇんだ。

 お前の優しさって奴につけ込んで、馬乗りになって文句言う奴がいるなら、俺にも同じことを言ってもらうからよ。

 正面切ってガンたれてよぉ同じ文句言ってもらおうじゃねぇか。

 自分は馬鹿で問題解決はできません。だから解決方法をただで教えてくださいってよぉ。

 これくらいのおもしれぇ冗談言ってくれたら、笑って殴ってやるぜ。

 お前の代わりに黙ってそのつら殴り飛ばして、二度とくだらねぇ事いえねぇように前歯砕いてやるからよ。

 だからな俺に言えねぇ話を、お前に振るような塵の言うことなんざ気にしなくていいんだ。」


 考えが筒抜けだったことを失念していた。


(俗語混じりで言葉使いが乱れてますよ。

 公爵様にも失礼ですし、わざとでも駄目ですからね。)


「わかったよ、汚ねぇ言葉は慎むよ。

 つーか、お前、ガラの悪い言葉に慣れてるよなぁ。普通、ビビるんじゃねぇのか?」


(言っといて、それは無いでしょう。

 というか旦那、旦那の考えもこっちに筒抜けですからね。

 ぜんぜん、怒ってないのわかりますから。)


「まぁ色々あんだよ、気にすんな」


 なるほど。

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