第738話 俺は変わったか? ⑪
簡素な鉄の箱。
正面に紙。
無地の白い紙だ。
これを破かずに剥がす。
指で触れてもよいのか?
そんな事を考えながら、指を乗せる。
凹凸がある。
目を凝らしても、凹凸は見えない。
文字だ。
目を閉じてなぞる。
神殿を示す文様と署名だ。
中央神殿の署名。
次に警告だ。
これは呪具である。
囁く者であり、聞こえる者は触るべからず。
「どうせ、破いて終わりだ」
バットの声。
水を通したように、くぐもって聞こえた。
皆、変だ。
カーザもバットも、そしてカーンも。
彼らは何か心配?いや、困っているようにも見える。
手にあまる、嫌なこと?
そんな中でカーンはとても面倒そうで..なんだか、私は困った。
大丈夫?と、心配になる。
心配する必要がない相手だろう?
カーン、大丈夫?
困ってるのか?
私は..
聞こえる者とは、多分、神に仕える者や私のように異形や死者の声が聞こえる者の事だろう。
呪具、やはり呪具か。
どのような毒かもわからず、開けたくはない。
カーンも開けたくない。
けれど、彼は私が開ける事を望んでいる。
中身が見たい訳じゃない。
彼はどこか、悲しんでいる。
悲しんで怒っている。
封印の紙を最後までなぞる。
読み上げて、本来はクリシィ様の名を入れるのだろうか?
代わりに私の名をあてる。
これで箱の蓋が溶解したら、責められるだろうか。
と、思いながらも署名を入れると紙が落ちた。
ぺらり、と落ちる。
私は慌てて手を引っ込めた。
何となく、紙が落ちた瞬間に、中から何かが覗いたような気がしたのだ。
「どうして剥がれた」
カーザの呟きに、私は首を傾げた。
剥がせと言っておいて、それは無い。
「お前らなぁ」
カーンの呆れ声に、バットは肩を竦めた。
そして止める間もなく、小箱の蓋を開いた。
***
天と地が逆さまになった。
そんな風に思った。
木の葉である私。
すべてが不確かになり、私はこの大きな世界の中で頼りにしていた全てを失った。
足元にあるはずの大地は消え、呼吸をしていた肺は何も得られず。
そして、私は
***
軽い音をたてて蓋が開く。
中は天鵞絨の赤い布張りだ。
小さな革張りの本。
開かぬようにと帯に鍵。
驕りに対しての制裁は素早く、私は一瞬で目を回した。
まことにこれこそが自業自得。
力を得て傲慢という病にかかっていた証拠だ。
「オリヴィア!」
本を目にした瞬間に、吐く。
多分、意識も一瞬飛んだ。
吐く私をカーンが小脇に抱えて部屋の隅に移動する。
痙攣が止まらず、カーンの腕を握りしめる。
上下の感覚が失せ、彼の存在だけがこの世に留まる為の大樹の枝に思えた。
(アレに、誰も触れないように)
「蓋を閉めろっ!」
粗方、吐き終わるが、息がつけない。
ひきつける苦しみと、身の置きどころがわからなくなる感覚に翻弄される。
あぁ苦しいよ。
助けて、息ができない。
気持ちが悪いよ。
あぁ助けて、怖いよ。
『オリヴィア』
苦しい、誰か
怖い、やめて
ひどい、ひどい
『オリヴィア』
殺さないで
たすけて
おとうさん
おかあさん
たすけて
『ほら、ちゃんと聞いて』
たすけて
おうちに
かえして
『ちゃんと見て』
かえして?
誰?
帰して
帰して
帰して
『流れ出ている毒を見て
怖がりすぎるから
付け入れられるんだよぅ』
あぁ何?
「誰だ?」
【傲慢さ故の貴様の落ち度だ、道化め】
「..」
『ごめんよ
ちょっとばかり苦しかったね。
でも、大丈夫、君だけは、大丈夫。
見え聞こえる君は、大丈夫。
自ら目を閉じる者は、救われないのさ。
あぁ愚かだよね。
救われる道もあったのにね。
君を試すなんてね。
最後の救いを失ったね。
あぁ君が心配している
使徒を売り払った者共の話だ。
何の話かって?
昔話さ。
愚か者のお話、吟遊詩人の
まぁいいさ、使徒を売り払った者には当然の報いだ。
あぁ苦しくてわからないかい?
いいんだよ、君は知らないお話さ。
さぁ、皆のかわりに苦しんだ君。
僕たちが、そんな君に教えてあげよう。
これが理の外から力を繋ぐ、魔導というものなのさ』
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