第303話 幕間 呪われし男 ④

 それにカーンは暫し考えて口を開く。


「ここに来る前に、コンスタンツェ殿下の審判を受けたのだが」


 その言いざまに、ジェレマイアは笑い転げた。


「いやぁさすがに坊っちゃん、魂喰らうとか聞いてないし。

 そんな化け物だったら、始末されているよ。

 坊っちゃん、あれでも人間な。真っ当じゃないけど人間だから」

「我々がどうかは別にいい。ボルネフェルトに化かされたとなると、奴はまだ」


 それにジェレマイアは、顔の前で手を振った。


「彼は本当の意味で死んだ。

 証言としては役立たないが、神殿の見解としては死亡したと考えているよ。

 根拠をあげても、それが法的に認められるような話ではないがな。

 卜占で結果を視たと同じぐらいの胡散臭い根拠だ。

 もちろん、これは神殿総意でもある。

 だから、安心してお前らは呪われていろや」


 それに安堵したのはカーンだけで、イグナシオとモルダレオは椅子を倒して立ち上がった。


「祭司長様、の、呪いとは」


 イグナシオは兎も角、日頃、何者にも動じないモルダレオの挙動がおかしいのには理由がある。

 彼は精霊信仰の祭司の家系だ。

 神の怒りには、イグナシオについで過敏だった。


「わぁ〜お前ら案外、そーいうの駄目な奴なの?

 まぁ多分、大丈夫だ。

 お前らぐらい駄目な奴だと、簡単に死なねぇしな。」

「駄目、と言いますと?」

「元々、恨み辛みは人一倍かってんだろ?

 今更ひとつふたつ増えたところで、感じもしねぇ。

 お前ら言われるまで、何にも気がついちゃいねぇだろ?

 まぁ因縁つけられたってお前ら気にもしねぇのと同じだ。ケケケ」


 イグナシオが祈り始め、モルダレオは顔を片手で覆い項垂れた。

 どうでもいいカーンは、書類の続きに戻った。

 これで生き腐れにでもなると言われれば気にもするが、呪われていようと生きた人間に罵声を浴びせられようと、何ら体に影響がなければどうでもいいのだ。


「まぁ一番つよい縛りが視えるのが、お前だよ。

 お前、本当はボルネフェルトを殺したんだろ」

「いや、足場が崩れて落ちた。

 俺はたまたま生き残った。無様な不手際だ」


 再び、カーンの顔を見つつ、ジェレマイアは眉を寄せた。


「んで、殿下は何だって?」

「今のところ問題なしだ」

「問題なしねぇ」


 それから頬杖をつくと又も部下たちへと視線を向けた。

 祭司長からの凝視に、男達は無言で不動のままだ。(イグナシオは除く)

 致し方ない事とはいえ、今日は中々に試練が続く。

 そしてそんな彼らに祭司は大仰なため息を吐いた。

 おかげで大きな男達は内心、ぎくりとする。


「呪いだねぇ」


 そしてしみじみと言われて、イグナシオだけではなく他の男達も聖句を唱えたくなった。

 合理主義者のエンリケも珍しく目を泳がせる。

 ただ頭領のカーンは、ひとり気にもしていなかった。

 目に見えない事よりも、今更ながらボルネフェルトを仕留められなかった事に忸怩たる思いをだいていた。

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