第533話 鏡 ⑦

「毒、毒が使われていると?」


「さぁな。

 生き物が寄り付かぬ代物で、手入れもされずに清浄を保つなら、それは碌なもんじゃないと思わないか?」


「さすがに毒を撒き散らす物は無いと思います。ここは水源でもあるのですから」


「だといいがな。

 まぁミリュウの水晶門も、掃除はしてねぇしな。

 あれも謎だよなぁ。まぁ国は知ってるんだろうが」


「墓荒らしは、出ないのでしょうか?」


 当然の疑問に話題をふる。

 あまりにも豪華で華美な代物だ。

 その美しさは、この湖を異界にしていた。

 そして当然、守る者さえ無い。


「ここは何処からでも来れる場所だと思うか?」


 遡上時に受けた地理的配置を考える。


「墓荒らし、盗人ね。

 ここまで来れるか、来れたとして儲けはあるのかって話になる。

 公王の怒りを買い、コルテス人に呪われても良しとする盗人だ。

 来るとしたら盗人とやらも、きっとその辺の野盗じゃぁなくなるな。

 さて、行くか。」


 と、踏み出した足が、高い共鳴音を響かせた。


「この透明な足場は、踏むと音がなる。

 足場と柱は共鳴し、音を奏でる訳だ。

 神官が鎮魂の儀式の時に歩くと、音楽になるって仕掛けだ。

 集団でこうして詣でる場合は、ただの騒音だと思うがな」


 騒音というが、澄んだ硬質な音が響き返る。

 それも微かな振動なので、耳を塞ぐような大きさの音ではない。


「材質は、王城の内壁にも使われているコルテス自慢の建材だ。

 だから見た目とは違い、砲台を持ちこんでも壊れない。

 つまり、戦城の硬化外殻壁と同じぐらいの強度だ。

 ミルドレッドの外殻よりも金がかかった硬さになる。

 あっちは普通の城塞外殻だしな。」


「普通の石柱彫刻に見えます」


「言ったろ、石工ののみじゃぁ掘り出せないって。

 で、お前が宮居と言ったアレだが」


「あの形は、お墓と言うより、神聖な場所にお供えをなどをする場所に似ています。神の仮住まいとして、家屋を模した小さな祭壇です。」


「お前の田舎は北だが、文化的には西よりなんだろうなぁ。

 墓の形は、西の遺跡群にある神の祭壇なんだそうだ。

 俺はよくわからんが、ここを調べた時に知ったんだがな。

 どうしてあんな作りにしたのかは、まぁ注文主しかわからん話だ。」


 中央の墓所は、平屋の建物に見える。

 縮尺は近づくと思ったよりも小さく、出入り口はわからない。

 壁はあたりの景色を写しており、鏡のようである。

 小さな鏡の家だ。

 建物と周りを囲む石柱の間には空間があり、その水面にはびっしりと睡蓮が覆っている。


「睡蓮、手入れがされているんでしょうか。やっぱり誰か墓守がいるのでは?」


「まぁそうだな。

 その墓守も難儀だろうさ。

 ここに盗人が来ない最大の理由がある」


「どんな理由です?」


「さっき話していた事だ。

 ミルドレッド方角からは、騎馬であろうと船であろうと、ひと目につかずに遡上はできない。

 かと言って、街道側から大回りしては、三公領主の土地に踏み入る事になる。

 彼らにしてみれば、無用な墓荒らしは、中央介入の口実になるだけだ。

 川には川の関もある。

 で、ここから見て西、湖の背には何がある?」


 人が渡れぬ荒野だ。


「そしてな、この墓には入り口がないんだ。」

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