第534話 鏡 ⑧
「墓、ですよね?
私のような下々ならば、土に還って終わるのが普通でしょうが。
高貴な方々の墓ともなれば、一族様方も後々..」
「ここはな、公主の亡骸、まぁ砂かもしれんが。
それを納めて閉じた。
扉は無い。
建物は密閉されていてな、砲台を持ってきても押し潰すことはできても、中身は出てこないようにしてあるんだ。」
「後に、王陛下が亡骸を欲したとしたら、どうするのです。
ゆかりの血族様方が一緒に墓に眠りたいとしたら」
「お前も言ったろう。
野辺に葬られる下々は、もとより一人だ。
この墓もそうして一人の為に作られた。
中身が公主でなければ、不自然な話ではない。」
「おかしいです」
「そうだな。
少し裕福な者になれば、一族の墓をつくる。
更に貴族ともなれば、少なくとも出入りできるような作りにする。
今回、こうして来ることになってから、気がついた。
おかしい、話だ。
盗掘の対策と考えていたが、それだけでもないのか。
で、何だ。
墓は削り切る事もできない材質。まぁ石の塊みたいなもんだ。
高価な埋葬品を取り出すには、それ以上の金がかかる。」
「剥き出しのように見えて、困難なんですね」
「そしてこのオンタリオ湖だが、見た目よりも深い。
深い上に、底では複雑で激しい流れが渦を巻いている。
無数の小さな洞穴が、下流の沼地や湿地と繋がっているんだ。
そして水草も多く、水中の視界も最悪だ。
山からの吹き下ろす風も強い。」
「基礎部分を構築するだけで、そうとうな技術ですね」
「この石柱群は、飾りじゃない。
流れや風を防いでいる。
俺たちが歩いた時、水も被らなければ、風もそれほど気にならなかっただろう。
これがコルテス自慢の鉱山採掘技術からの応用らしい。
で、一見すると波風も穏やかな湖だが、船を出す者はいない。」
「魚はいるんですか?」
「鉱毒後に放流された淡水魚が生息しているが、これは寄生虫と相性の良い魚だ。
人間も食えるが、よく火を通さないと虫にやられる。
水底の掃除を主にする肉食性の魚だな。
皮に臭みがあるし、元々、水質を良くする為に放流したから、漁をする現地民はいない。
さっきも言ったが、湖の流れが複雑な上に、水草が操船を邪魔する。
沈没したら、水温も低い。
岸辺に近かろうと死ぬ。」
「盗人が西側から入り込む事は無いという訳ですね」
「そもそも、ここまで盗掘にくるより、その日数をまっとうに働いたほうが実入りが良いだろう」
「確かに」
実入りという視点からも、盗掘はありえないとも言える。
古い時代ならば、死者と共に貴重で高価な品も埋葬されただろう。
だが、今ではそれらを模した作り物を入れるだけだ。
考えられる貴重な物といえば、死者の装身具と棺、か、それと同じ役割の壺などの宝飾品であろうか。
「さて、何があるのか、何も無いのか」
通路は終わり、小さな宮居にたどり着いた。
前庭を模した石の、これもまた小さな庭の彫刻があり、小道が墓の正面へと続く。
湖面はそれを囲むように、庭園と模してもいるようで、びっしりと睡蓮が覆っていた。
窓も入り口も無い家に、蓮の庭といった感じだ。
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