第237話 英雄は来ない ③

「それでも貴方は、侯爵の継嗣としてここにいる。」

「気がつけば選択肢は消えていました。

 迷ううちに、手遅れになる。

 トゥーラ・ド・アモンを継ぎたくない。

 だが、それでは領地が荒れる。

 と、迷い、何もせずに手遅れにした。

 もっと早く、彼らと会って話し合うべきでした。」

「絶縁していたも同然だったのでしょう?」

「私は遠縁のラースとして治安兵力に席を置いていました。

 トゥーラアモンに近寄らなかったとしても、兄のイエレミアスとは仕事上では顔を合わせていたのです。

 たぶん、たぶんですが、兄は私を弟だとわかっていたでしょう」


 彼は悩んだ。

 彼は祈ったのだ。

 夜ごと祈り、迷い続けた。


「イエレミアスの死。

 侯爵が倒れ、私は氏族の再編を行いました。

 侯爵の兄弟氏族に、私が継承者であると認知させ、侯爵代理としての責任を果たすとしました。

 もし、グーレゴーアがイエレミアスの殺害に手を出していなければ、彼を面に立てる事も考えていました。

 私がトゥーラ・ド・アモン(侯爵)の義務を負い、政務を弟に任せると侯爵に提案したのです」

「それはまた、叱責されたのでは?」

「まぁ当然、叱責を受けました。

 ですが、私は当主としての教育もない。

 武弁一方で暮らしてきた。

 使える者を使うべきだと思ったのです。」

「本心ですか?

 貴方は仰らないようですが、御母堂や貴方のまわりの方々は、尽く彼ら兄弟の勢力に殺害されています。

 喰らいついてくる獣を殺さずに飼うと?」


 それにライナルトは唇の端を片方だけ上げた。

 なんとも悪戯をしたような表情である。


「実は、私も獣なのです。

 我らに害を為した相手は、既に自分で始末しています。

 直接、手を下した者は、すべて生きてはいません。

 指示した者どもも飼い殺しか、一度殺して頭を挿げ替えもしています。

 殺し尽くしても良いと侯爵が許したからです。

 ですが、弟は別です。

 今まで、兄のイエレミアスも弟のグーレゴーアも、私を殺そうとはしなかった。

 イエレミアスに至っては、むしろ私を生かそうと矢面に立っていた。

 私達、トゥーラ・ド・アモンに寄り集まる者どもが勝手に争っていたのです。

 だからこそ、侯爵こそがグーレゴーアを憐れんでいるのです。」


 サーレルはそれに何も意見を返さなかった。


(言ってやる必要は欠片もないから、馬鹿サーレルも言わないだろうけど。

 はっきり言えば、その煮えきらない態度も、今回の騒動の一端ではあるのさ。

 侯爵そっくりでありながら、妙に育ちが良い態度をとるから、まわりが死ぬんだよ。

 憐れみは傲慢だ。

 自分の父親が憐れんでいるから、兄弟だけには情けをかける?

 一言でもあの父親が、兄弟に情けをかけよと言ったと思うかい?

 教育の為に、侯爵はそういった意味での指示は出していないのさ。

 取り違えたのは、この男の傲慢さだ。

 この男はね、実に侯爵そっくりなんだ。

 それを認めて、父親と同じく徹底的な強者として振る舞うべきだった。)


 でも人としては、間違いじゃない。


(支配者としては、完全に間違いなのさ。

 まぁ、可愛い女の子が、こんな冷酷な支配者の考えを推測する必要はないさ。

 馬鹿サーレルが内心、あぁこのお坊ちゃんはどうしようもねぇなぁって思ってるって話さ)

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