第238話 英雄は来ない ④

「氏族の整理をした頃、アレンカが接触してくるように。

 弟の考えは想像できた。

 けれど、彼女の行動は理解できなかった。

 悪い想像をしたくなかったのかも知れません。」

「夫の悪口を言いながら、壮大な作り話でもしましたか?」

「弟と侯からの酷い仕打ち、己が不幸を救って欲しいと。

 それに正直なところ、辻褄のあわぬ話を理解できず。

 鈍い方では無いつもりですが、侯は私が騙されるのではと思っていたようです」

「まぁ、容色に自信がおありの方ですし、中央の御婦人のような装いでしたしね」

「それでも、私は拝火教徒ではありません。

 それに会話をする度に、幻滅するような罵りと敵意をむき出しにされては、騙される事もありません。」

「また、首を傾げていますねぇ。

 卿には不快なお話ですが、子供にもわかるように補足しましょうか。

 つまり、グーレゴーア氏から、長命種のライナルト卿へと乗り換えたいとの打診です」


 またも、いきなり話しかけられて、思わずライナルトの顔を見た。

 苦笑する男の膝の上で、何故かエリが鼻を鳴らした。

 それにライナルトは困ったように、エリの頭を撫でる。


「そのような事が可能だと?奥方は真っ当な思考を失っておいでだったのでしょうか..」

「確かに妙ではありますが。

 ですが、自己の肥大化した人間は、満足する事を知りません。

 長命種の子供を残さねばならぬライナルト卿が、弟の奥方とお付き合いをする訳が無い事はわかりきった話です。」

「話をもとに戻しましょう。

 呪とは何だ?

 グーレゴーアが影に消えたのも、その呪の所為なのか?

 アレンカは水に流された後、行方が知れない。

 皆、可怪しくなった。

 すべてが、不自然なのだ」


 それは呪というものが、全ての原因であって欲しいと聞こえた。


「今、トゥーラアモンの様子は分りますか?」

「外に出てすぐ、馬を走らせた。

 街の外に残っていた者だ。今の所、特に変化はない」


 それにワタシは、違うと答えた。

 このフリュデンから去った気配はある。

 だが、違う。

 空気に力が残っているのではない。

 力が奔っている。

 明けた空には、胸苦しい火花が見える。

 私はエリを見た。

 エリはずっと玉を撫でていた。

 友達の玉。

 ボルネフェルト公爵の知識は、それを卵と認めた。

 小鳥の卵ではない。

 それから孵る生き物はいない。

 殻に包まれた兆しである。

 故に卵という認識になる。

 私がじっと視線を注ぐと、それは少し身じろいだ。

 グリモアの視線を嫌がったようだ。


「ひとつ私も聞きたいのですが、貴方、何者なんです?」


 サーレルの問いに、私も、その答えを知りたいと思った。

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