第236話 英雄は来ない ②

「旦那、貴方の行為は、一歩間違えれば、呪に囚われて死んでいたんですよ」

「そう、その呪とは何だ?

 アレンカのあの姿は、どうしたのだ?」


 ライナルトの問いに、サーレルも食事を中断した。


「それも大変気になりますが、先にちょっと教えていただけるとありがたい。

 今更ですが、貴方と周辺の方々の詳細な人となりを教えていただけますか。

 私が理解している事と齟齬があってはなりませんからね。

 で、アレンカとはレイバンテールの奥方の事で間違いありませんか?」

「そうだ。

 グーレゴーアの妻で私の義妹になる。

 長子がイエレミアス、三男がグーレゴーア、私が次男になる。

 自分が産まれたのは、侯爵領ではない。

 母が死ぬまで、自分の産まれは知らなかった。」

「委細をお伺いしても?」


 と、サーレルの言葉に彼は頷いた。

 そして布で覆われた片目が痛むのか、そこを押さえて続けた。


「イエレミアスの母と自分の母は姉妹だ。

 母は自分を身ごもると、侯爵領を出た。

 病気を理由にしたそうだ。

 腹に痼ができたと、祖母の氏族の土地へ移った。

 イエレミアスの騒動を見ての事だ。

 実の姉に恨まれるのも、侯爵の氏族に憎まれるのも怖かったそうだ。

 それに姉の子が長命種ではなかったことも、母がここを出るのに役立ったようだ。

 ただ、侯は離縁を望まなかった。

 グーレゴーアの母の末路も、自死と酷いものだったと聞く。

 母が死に際に、関わりになる必要はないとの念押しまでした。

 だが、イエレミアスが死ぬと侯爵から連絡があった。」

「失礼ですが御母上の死因は?」

「気力がなくなったのでしょう。流行り病で」


(流行病で死ぬ長命種ね。

 氏族内の争いは、凄まじいものだったようだね。

 正当な後継者を逃したが、奥方は謀殺か。

 寧ろ、ここまで冷徹だとあっぱれだね。)


「侯は知っておられた?」

「そうでしょうね。」

「因みに貴方、何か不思議そうな顔をしていますが、一応説明しましょうか?」


 不意に、サーレルに声をかけられる。


「私ですか?」

「侯爵は神聖教徒ですが、分派の拝火教徒ですので、奥方は複数もてます。

 ですので、今の所確認している侯爵の奥方は、三名いました。

 いずれも鬼籍にはいられておられますので、今後、新しい奥方ができる可能性もあります。

 因みに庶子は、あと二人ほどいますね。」

「..口外を防ぐために、余計な話をわざと聞かせてませんか?

 カーンの旦那から、故郷にお慈悲を頂いたんですから、元より何を知っても口外はいたしませんよ。」

「親切で教えただけですよ。私は優しいでしょう?

 で、侯爵は何と?」

「おきまりの話ですよ。共に生きようとね。

 それより、その庶子を侯爵は把握していますか?」


 と、外部の者にライナルトは念押しのように問いかけた。

 もう、目の前の相手が中央の間諜だと隠しもしていないからだろう。


「片方は女性で長命種だそうですので、侯爵は把握していらっしゃいますね。

 もうひとりは妊娠したばかりです。、こちらの方々は知りませんね」


 つまり、サーレルの見えない手勢が結構な数で、侯爵領に入っているようだ。

 ライナルトもそれがわかったのか、苦笑した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る