第235話 英雄は来ない
屋敷の門は開かれていた。
漸く、人と火の気配がする。
凍えた兵士が火を囲み、幾人かが見張りに立っている。
私の姿を見かけると、警戒の視線と戸惑いが広がるのがわかった。
「サーレルの旦那はいますか?」
私は手前で立ち止まると、中からライナルトが現れた。
「こっちだ」
そのライナルトは、片目を布で覆っている。
毒で目がやられたのだろう。
「エリは?」
「一緒だ」
そのまま館には入らず、横手に回ると奥に進んだ。
そこにも兵士達が、火を囲んでいた。
あの離れ屋敷の庭だ。
奥の東屋に、エリとサーレルの姿が見える。
よかった。
優美な東屋の装飾が剥ぎ取られて、彼らの足元を温めていた。
館の食料も持ち出したようで、食事をとっているところであった。
毒はエリが見分けたのか。
「無事なようで何よりです、旦那」
私の言葉に、サーレルは相変わらずの笑顔で答えた。
「いやぁ危なかった、死にかけましたよ。」
「溺れでもしましたか」
「まさか、勘が鈍ってなくて良かったという話ですよ。何か食べます?」
私に座るようにすすめる。
ライナルトを見ると、彼からも促された。
サーレルは食事を続け、エリはライナルトの膝から私を見る。
「怪我は無い?気分は大丈夫?」
返る頷きに、顔をよく見る。
(それよりも先に、馬鹿な男に聞くことがあるだろう?
この子も気にしている)
聞く事?
(惚けている場合じゃないよ。水場で合流するまで、この男は何をしていた)
ハッとして、サーレルを見る。
失念していた。
あぁ馬鹿だ馬鹿だ、まったくなんて私は馬鹿なんだ。
「盗みましたか?まさか、盗んでいませんよね」
エリが言った言葉を思い出し、主語を抜いて、そのままに問う。
それには真意の見えないいつもの笑顔が返った。
無礼な問いに心当たりがあるのだろう。
睨みつけていると、サーレルは肩をすくめた。
「言ったでしょう、勘は鈍っていなかったと。」
「どういう事です」
サーレルはライナルトを見ると続けた。
「ひとつ頼まれていましてね。侯自身の小者も一緒だったんですよ。」
「知りませんでした」
「まぁ貴方も色々秘密がおありのようですし、お互いさまという事で。
私も侯の男子が三人もいるとは知りませんでした。まさか、息子ももっといるんですか?」
「さぁ今のところは、自分で打ち止めと聞いています。息子も?」
「長命種の方は私達とは違って、子沢山ではないと聞いていたので、少し気になりまして」
「何を頼まれたのですか?」
「ご想像のとおりですよ。
持ち出した毒の塊があるはずだとね。一部でもいいので持ち帰るようにと」
「まさか、手を出されたのですか!」
思わず口を挟む。
が、サーレルは微笑んで頷いた。
「えぇ」
「馬鹿な事を」
あまりにも驚愕と絶望を示す私が面白かったらしい。
無礼は見逃され、彼は笑い、否定した。
「侯爵の小者がね。
だから、言ったでしょう。
私はね、勘がいいので見ていただけですよ。
指示もせず、触りもせずですよ。
まぁ、持ち出して彼らは戻っていきましたが、それじゃぁ面白くもないんで」
「いろいろ見て回った末に、引き込まれたんですね」
更に彼は笑うと傍らのライナルトに言った。
「なかなか、面白い事になっていますね」
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