第234話 夜明け ③

 少し眠ったのか、頭痛で目が覚めた。

 酒の所為か、凍えたからか。

 誰も、この家の者は現れなかった。

 陽だ。

 薄い光りが部屋に差し込んでいた。

 静かだ。

 扉に立てかけてあった椅子を戻す。

 扉を薄く開き、外を見た。

 フリュデンは夜明けの薄日の中にある。

 静かで物音ひとつしない。

 通りの石畳には、燃え尽きた松明が転がる。

 昨夜、沈められた領兵の持ち物か。

 空には何も見えない。

 静かな冬の朝だ。

 私は扉を閉じると、暖炉に火を入れる事にした。

 気がつく人が残っているとは、思えなかった。

 それに病気になるよりはいい。

 よく乾かして、館へ引き返す傍ら他の者も探そう。

 改めて家探しをし、小麦粉と塩を見つける。

 塩と油もある。

 床下の小さな収納に、瓶に詰められた果実の砂糖漬けを見つけた。

 殊更、何も考えないようにしていた。

 家の横に小さな水場があり、そこから井戸水を汲み上げる。

 透明な水だ。

 私は水を汲み、家の桶に溜めると体を流した。

 寒かろうが、体を染める毒を落とす。

 それから洗える物は全て洗う。

 改めて水を汲むと、食事の支度をする。

 もちろん、たいした料理になるわけもない。

 こねて、焼き、塗る。

 それでも、お湯を沸かして飲めば、やっと目が覚めたような気がした。

 その頃になると、広げていた衣類が乾く。

 皮の装備は酷い有様だ。

 他の衣類の赤みは落ちている。

 靴と毛皮の外套は、使い物にならない。

 靴は履き潰すとして、外套はもう一度着るには、ゴワゴワに皺が寄り引き攣れもできていた。

 外套は諦め、衣類を着なおす。

 透明な水を飲み干すと、頭痛が薄れた。

 それから、借りていた衣類を荒い干し、寝具を戻す。

 食器を洗い、暫く暖炉で温まってから、火を落とした。

 食料を拝借し、無断で寝泊まりしたことを詫びながら外へ出る。

 この家はレイバンテールの屋敷から、だいぶ離れていた。

 街へ入った門から南側、住民の家屋敷が犇めいている。

 人影はない。

 煮炊きの煙り、火の気も見えない。

 よく見れば、家の窓が開いていたり、扉が細く開いている。

 なんとなく、シュランゲの家々を思い出した。

 怖い。

 消えてしまっていても怖い。

 そしてあの井戸のような結末も見たくない。

 静かに通りを歩く。

 一人きりが不安だった。

 他の流された者が集まるとすれば、レイバンテールの館だろうか。

 街の中心、本来の政は館を中心としてあったはずだ。

 立ち止まる。

 フリュデンから見ると、トゥーラアモンは南西方向にある。

 北の水源地、丘はフリュデンの街から北の丘にある。

 陽は東、右手の方から明るくなっている。

 そして未だ暗いトゥーラアモンの方角を振り返るが、立っている場所からは城塞の壁と木々に阻まれて何も見えない。


(今一度、グリモアを繰り視ればよいものを)


「ただで力は使えないのだろう?」


(ふふっ)

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