第233話 夜明け ②

 ひとつだけ、良い変化があった。

 水の色が薄くなっている。

 這い出し振り返ると、水の赤黒い濁りが消えて、薄い色になっていた。


(良きことなれど、フリュデンに限る)


 狭い建物の間、小さば側溝である。

 低い木立に隠れて、通りからは見えない場所だ。

 這い出す姿は見られなかったと思う。

 建物の間から見上げる空は、仄暗い灰色だ。

 もうすぐ夜が明けるのだろう。

 ともかく、衣服を変えて火にあたらねば凍える。

 否、もう凍えていた。

 なんとかしようと手近な建物に忍び込む。

 石造りの簡素な建物は、施錠もされずに出入りができた。

 中の住人は見当たらない。

 机に残る食器にも、乾いた食事の痕があるだけだ。

 建物は三部屋と狭く、水回りは外にあるようだ。

 小さな戸棚を調べても、誰も潜む余裕はない。

 出入り口の扉に椅子を立てかけ扉を塞ぐ。

 気休め程度の守りを固めると、乾いた布地を探す。

 少し黄ばんでいるが、綿の手ぬぐいを二枚借りる。

 躊躇う余裕はない。

 ガタガタ震えながら、衣服を脱ぎ、布で擦る。

 奥の寝室から布の覆いを剥ぎ取ると体に巻き付けた。

 そのまま音をたてないようにして、戸棚を漁る。

 しばらく漁ってようやく、目当ての物を見つけた。

 飲めるかどうか、匂いを嗅ぐ。

 少なくとも毒ではない。

 噎せないように少量を口に含んだ。

 辛い。

 焼け付くような度数の高い酒だ。

 これで何とか体温を戻す。

 私は更に家探しを続けた。

 乾燥した硬い焼き菓子を見つける。

 古いが腐っても黴びてもいないようだ。

 匂いを嗅いでから、それも口に入れた。

 水の代わりに酒を飲みながら、火を起こす事を断念する。

 今、火を仕えば、外に気配が漏れる。

 さすがにそれは嫌だった。

 諦めて衣服を拝借する事にした。

 それらしき衣装箱を開ける。

 私は、少しぼんやりとした。

 たぶん、酒が効いてきたのだろう。

 震えは止まった。

 この家の主は、女性だったようだ。

 衣類はすべて女物である。

 人様の物を拝借しておいて何だが、簡素な家にしては、派手な衣装だった。

 私は、亜人の平均的な子供の身長だ。

 人族の大人の女性が身につけるような服は、無理である。

 仕方がないので、上下に別れた室内着の上と、毛織物の上着を拝借する。

 下は二枚ほどの厚手の靴下を履いた。

 室内着は膝下まであるので、毛織物と一緒に胴で縛る。

 もし、この家に何者かが入ってきたとしても、これで逃げる事ができるだろう。

 私は寝台の毛布を引き剥がし、頭から被った。

 そのまま出入り口まで移動する。

 脱いだ物は、椅子や机に広げておいた。

 せめて靴が乾くまでは、この家にいるつもりだ。

 酒瓶をあおりながら、他の者はどうなったのかと、人心地ついてやっと思い出した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る