第602話 群青色の朝 ④

 群青色の空の下、食事の用意を始める。

 館の物は信用出来ないと、手持ちの食料をつかう。

 今朝の分で手持ちは終わる。

 どちらにしろ一度は戻る事になる。

 今日中に館全体を調べるべきだ。

 力を曲げた儀式場を探したい。

 女達が使われた場所だ。

 陰鬱な気持ちに口が曲がる。

 炎症止めの薬湯を飲んでいるからだけではない。

 術があれほど汚されているのだ。

 仕事を斡旋すると騙して連れてきた男達の死体を上回る痕跡があるはずだ。

 例え死体が黄泉に沈んでいたとしても。


『助言をしよう。

 これは君の言うグリモアが使命である、からね。

 理を乱すは神の意思ではない。

 まぁつまり、不愉快だから、僕達もちょっとだけ口が軽くなるのさ。』


 いつもだろう。


『まぁまぁそう、嫌がらないで。

 では、そうだね、ちょっと想像しておくれな。

 君は焚き火をしようとしている。

 目の前にもある、焚き火だ。

 君は木々を集め、燃えやすい枯れ葉に火をつけた。

 あぁ手間がかかるし寒い寒い。

 なかなか暖かくならないぞ。

 乾燥した枝が少なかったからかな。

 そこで君は乾燥した枝と枯れ葉をもっと集める事にした。

 あぁ暖かくなってきたぞ。

 でも時間が立つと火力が落ちた。

 ほら追加だ。』


 何の比喩だ?


『ふふっ、

 君は焚き火で暖をとりたい。

 だから燃える物を集めたいと考えた。

 暖をとるのが目的だからね。

 君は燃えるだろう乾燥した枝を集めた。

 目的の為にね


 けれど、そもそもの目的が暖まる為でなかったら?


 君は暖をとりたい。

 なぜなら、君は冬の川に落ちたからだ。

 先ずは体を乾かし温まらなければならない。

 何故、冬の川に落ちた?

 君は冬の森で、珍しい獲物を見つけて追いかけていたからだ。

 つまり?』


 獲物を狩りたかった?


『では、術を阻害する為に、男達を集めた。

 これは術式に負荷をどんどん与えようとしたと考えられる。

 男達の死が術の約定を破綻させる働きをするはずと考えてだ。

 だが、それが本意か?

 女達も同じだろうか?

 女達はどこに消えたのだろうか?

 館にいた男達からは、女の話が出てこない。

 これも嘘か?

 そもそも何故、ここでちょっかいをかける?』


 この場所に意味がある?


『ここで術の邪魔をしなければならないのか?

 ここで男を殺し、自らを自滅させ、術の約定、土台を壊そうと考えた?

 なぜ?

 ここで壊さねばならない?

 ここでだ。』


 つまり別の目的で集められていた?


『この後、暫くは沈黙しよう。

 君はグリモアの力とより結びついた。

 必要な力を引き出す場合、その対価は理に沿うならば、払う必要はない』


 どういう事だ?


『神のご意思とは、人の生き死にには干渉しないが、理を守る行いには力を貸すという事だ。つまり、正当な理由ならば、君は我々の助力を得られるだろう。

 って、いや、そんな顔しないでよ。

 騙そうっていう話じゃない。

 よく考えて交渉すれば、我々も君の魂や命を切り刻む事無く力を貸そうって話だよ。もちろん、人間の生き死にや運命を捻じ曲げるような業は別だけれどね。

 で、話は戻るけど、元の術が何を目的としていたかは、わかるかい?』


 公王の妹を差し出し、不死の王に願う術。

 カーンが語った、この地域の問題だと思う。

 コルテスの土地に広がった災厄。

 鉱毒被害を封じた、または、拡大を押し留めた、だろうか?


『次元軸の微細変動、領域空間が断絶しない程度のズレを生じさせた空間干渉の術だ。

 急拡大した汚染の浸透を人間が知覚体感できない程度、空間ごとズレを生じさせ押し留めた。

 このズレを毒が溢れぬ器の縁として、生き物の死滅を防いだ。

 本来、神が干渉しない生き死にに力が振るわれたんだ。


 じゃぁこの術を破綻させて、誰が幸せになるかな?


 現実の政治や人間には干渉しない無害な術だ。

 ただひたすらに土地を清浄に保つ為のね』


 誰も幸せにはならない。


『結果だけを見ると、訳がわからないよね。さて、僕は黙るよぅ。』

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