第603話 群青色の朝 ⑤

 誰も幸せにならない。


 嫌な話だ。

 焚き火の側で、ぼんやりと考える。


 術を壊す為に、多くの命を無駄に奪う。

 術を保つために、生贄を捧げる。

 神に善悪はなく。

 この地は呪術が未だに幅を効かせている。

 神聖教の布教を拒むのは、それもあるのだろうか。

 結局、どのような超常の事が起きようとも、現実の出来事が起因であろう。


 人間が、愚かなのだ。


 疲れた。

 しょぼつく目を擦る。


 炎の向こうで動く姿。

 この世界に必要なのは彼らだ。と、不意に思い浮かぶ。

 オルタスという世界において、環境に馴染み、種として強く、繁殖力の強い彼らこそが、この世界の住人、人間の姿ではないかと。

 他種族も一見すれば、環境に適応し、高い文明を制御しているかのように見える。

 しかし環境に順応しているのは獣人だけだ。

 それが顕著に現れるのは..


 休みたいのに、頭の中が騒がしい。

 グリモアとの知識共有のせいなのか、ぼんやりすると考えが走り出す。


 生命力。

 獣人と人族が同環境で、どちらが長く生き延びるかは実験するまでもない。

 生存率の実験ならば、亜人も私のような特異種も、限りなく能力が個体能力が低い。

 もちろん、これは極端な例えだ。

 劣悪な自然環境での生存率の話だ。

 種族能力が加味されれば、多少の違いはでるだろう。


 何の話か?


 神は無駄な創造はしない。

 美しき自然。

 美しき生き物。

 そして美しい呪い。

 そしてこの美しい世界に必要なのは、命輝き、力に満ちた彼らである。

 滅びようとする、弱い私のような者達ではない。

 この世に必要なのは、生きたいと望み、生き残るのだと戦う意思を持った者が相応しいのだ。

 それでも..

 夜明けの色、必要とされる命、邪魔はしないから、まだ側にいたいんだ。


 焚き火の暖かさに瞼を閉じる。

 既に私は変わってしまった。

 もう、村にいた頃の私ではない。

 美しいと思う物さえ、違ってしまった。

 感情までも変質している。

 心の芯に灯るものも違う。

 嘘も本当も、意味を喪ってしまった。


 いずれ、私は人の輪から外れてしまうだろう。


 私の考え、私の中にいる者達の考え。

 もう区別できない。

 けれど、すべてが私だと許容したくない。

 怖い。

 これは私ではない。

 と、否定したい。

 寂しくて、弱い自分、嘘つきの私。

 命の選別をする私。

 力を使う傲慢な私。

 自分勝手。

 全部、私。


 ***


 少し眠った。

 起きたら、静か。

 自分の中がとても静かだ。

 甘えと自己憐憫の言葉も無い。

 そんな惰弱な自分が嫌い。

 それでも悲しい気持ちが小さくなってホッとした。


 暖かいお茶に食事を渡される。

 野菜と肉の混ぜた何かが挟まれた焼き物だ。

 美味しいような気もする?

 ちょっとしょっぱい。

 吟味し切り分けて食べる。

 やはり乾酪が潜んでいた。

 美味しさと不味さの微妙な位置をついている。けど栄養はいっぱいありそう。

 久しぶりに頭が静か、というか、本当に沈黙しているようだ。

 神妙な顔で食べていると、ザムが傍らに立った。

 見上げると、にっこり笑顔。

 昨夜の面影はない。

 体の変化に合わせて、彼らの装備も変形するとしって吃驚である。

 それはそうだ。

 彼らは職業軍人だ。

 その装備も獣人専用、人族の鎖帷子のような代物ではない。

 鎧も継ぎ目が伸縮するそうだ。


「午前中、ここを調べて午後には出立です。

 ゆっくり食べて大丈夫ですよ。

 食べ終わったら、もう一度、薬湯を飲みましょう。

 大丈夫ですよ、少し薄めにして、苦みを抑えますから。

 量は多くなりますけどね。」


 濃くて少量にしてもらった。

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