第604話 群青色の朝 ⑥

 濁って器の底が見えない薬湯を啜る。

 えぐ味に自然と顔を顰めた。


「アレは置いていくことになります」


 アレとは、蔦に巻き取られている者達の事だ。

 今は部屋から引き出されて、入口近くに転がされている。

 扱いがどんどん雑になっていた。

 真偽をはかる前から有罪の扱いだが、そこを指摘するつもりはない。


「得体が知れない物を持ち帰るのは危険ですから。

 ここに置いていくかと、それよりも巫女様の方を先に医者に見てもらわんとならんです」


 大丈夫と手を振る。

 だが、ザムの顔から笑顔が消えて、真面目に返された。


「団長の不機嫌の元ですから、あきらめてください。

 まぁ団長の不機嫌は置いといても、俺達だって心配なんですよ。」


 何を言うのやらと、私は呆れ顔で返した。

 表情でやりとりするのも、案外体力がいるものだ。


「そりゃぁ心配ですよ。

 我々を守って下さった巫女様が、弱っちまった。

 死んでお詫びをする所です」


 冗談?


「何を不思議そうにしてらっしゃるんですか、化け物を退治してくださったじゃありませんか」


 退治してないし。


「あ〜、そうか。

 東の方は、わからんですよねぇ」


 どういう話?


「ある意味、昨晩のような事ってのは、慣れてるんですよ」


 慣れ?

 異形がか?


「腐土領域にいた兵士はね、昨晩みたいな事には慣れてるんですよ。

 人間以外、元人間ってのに出会うってのは慣れてるんです。

 その分、自分の正気も疑うようになるんですがね。

 大方は朝まで戦ってりゃぁ、相手も引く。

 それでもねぇ、一晩中、化け物を焼いて、仲間を焼いてると。

 まぁ、正気がどんどん失せていく。

 死にゃぁしないって勇んでいても、だんだんとおかしくなる」


 腐土、聞きしに勝る場所のようだ。


「でね、巫女様。

 巫女様、あの時、何かしたでしょ。

 あの化け物に、ちょっと触れて、あっちの死体を持ってけ。

 みたいな話をしたんでしょ?

 あれね、あの時、俺達は、安心したんですよ」


 安心?


「最後、化け物も死人も、静かになった。

 あれは、俺達だ。」


 見上げる顔は、再び、ほんのりと笑顔が浮かんでいた。


「腐土で死ぬ。

 死んだ後、焼かねぇと動く。

 そんな死に様は嫌だなぁって、馬鹿ほど思うんですよ。

 その辺で腐って土に還るならいいんですよ。

 でもね、死んで動いて、そんなの嫌じゃないですか。

 だからね、巫女様がちょんって触って、暫くしたらああでしょ。

 俺等、本当に..あれ、何いってんでしょうね」


 私は困り果てた。

 似非の身で、信心されるとは。

 喋れない弊害がこんなところに。

 感謝されて落ち込む。

 薬湯の残りを飲み込み、苦さに救われながら神妙にする。

 神妙にしていたら、カーンが火の側に戻ってきた。


「ふぅ、まったく何も残ってねぇ。

 っておい、彼奴ら、いつまで部屋にこもっている気なんだ?」


 と、集団で立て籠もる部屋を顎で示す。

 カーンの指摘に、ザムが肩をすくめた。


「団長、蔦に喰われてる奴らを中に突っ込みましょうや。閉じこもってるだけなら、少しは役にたってもらったほうがいいでしょうし。」

「そうだな」


 それは止めてほしい。

 もちろん、術の軌道を修正した後だからという理由でだ。

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