第605話 群青色の朝 ⑦

「なんだよ、嘘つきどもの殊勝な話を信じてるのか?」


 どういう意味ですか?


「被害者面したここにいた男共の、お話とやらに真実があると思うか?」


 違うのですか?


「自分に都合の悪い事は言わねぇんだよ、臆病者はな。」


 何かわかったんですか?


「身元を証明する物が無いって事がわかったぜ。

 コルテスの民じゃねぇか、人別から落ちた奴らって事さ。」


 既に体を元に戻していた男は、皮肉げに笑い尖った犬歯を見せた。


「ここに集められた男どもは、先の村に暮らす奴らとは違う。

 よく考えてみろ。

 彼奴等は口入屋を通した仕事は受けなかった。

 嘘じゃないとしても本当じゃない、言い訳だな。」


 言い訳?


「受けられなかったんだろうよ。

 この屋敷には、雇い入れた方の書類一枚残っちゃいない。

 奴隷を使うのだって、記録も残さねぇなんて事はないんだ。

 犬猫を飼うんじゃねぇ、人間を雇うんだ。

 金も物も動くんだ。

 そこに笊みたいな雇い方をするなんて論外だ。

 どうやって賃金を払う?

 どうやってかかった経費を計算する?

 どこの誰で、何処の領地から人足として雇った?

 出稼ぎの税率はどうなる?

 現実味のない、馬鹿どもの話は、ふわっふわっで中身がない。」


 全部、嘘とは思えませんが?


「そこが小狡いところでな。

 後ろ暗い仕事をする場合は、雇う方も雇われる方も、相手の事を知ろうとしない。

 だから、知らないってのは本当だろうさ。」


 調べが入った時に、誤魔化すためですか?


「そうだ。

 彼奴等が疑いもせずに話に乗ったのは、元々、そんな口約束の仕事ばかりを請け負っていたからだろう。

 じゃぁそんな仕事を請け負うのはどんな奴だ?

 領民でもねぇ、税を納めて暮らす真っ当な民草でもない。

 流民として流れて働くような奴らでもないって訳だ」


 でも証拠もないでしょう。


「証拠がないのが証拠って奴よ。彼奴等、身元を証明する物なんざもってねぇ。

 持ってるのは金目の物と、鈍らな刃物だ。

 左の部屋に残ってる死体を調べたが、身元がわかるような物が全く出てこない。

 死体に罪人の入れ墨があるか、調べるつもりだったんだがな。」


 罪人。


「人別から落ちて、行方知れずでも不思議がられない人間なんざ決まってる。

 奴隷か犯罪者の署名があればとな。

 検死しようと思っていたが、夜の内に干からびちまったしよ」


 干からびた?


「今朝見たら、カスカスになってたな。お前が連れて行かせたからかもな。

 はぁ本当に、いつまでこもってんだよ。

 明るくなるまで出てこないとかねぇよなぁ。

 天気も悪いんだ、暗いままだぞ。」


 一番鶏が鳴いたら、出てくるんじゃないですか?


「一番鶏なんざ、どこにいるんだよ。外の野犬に食われて鳥なんざ鳴かねぇや」


 もう少しすれば、外も明るくなるでしょう。

 そうすれば、出てくるかもですよ。

 きっと私達が死んだと思って、怖がっているんでしょう。


「馬鹿らしい」


 と、ふと視線を感じて振り返ると、ザムの笑顔が目に入る。


「以心伝心って奴ですか。団長と巫女様は本当に仲が良いですね」

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