第637話 神の目
猪の親子四頭、兎二羽。
それに川魚に山椒魚らしき物が釣果として持ちかえられた。
村中で猪の解体だ。
私は村長の家で休んでいる。
調子の悪さを認めたミアが、少しでも暖かくして寝たほうがいいとしたのだ。
そんな彼女達は、外の騒ぎに混じっている。
村はわきたっていた。
公爵の無事が村人に気力を与えたのか。
どんな結末を迎えようとも、公爵が戻った。
それは、理不尽に女達が殺される事の終わりを意味する。
家族が帰らない事も知れた。
これで弔う事もできる。
怒りも悲しみも手にする事ができたのだ。
広場で村人総出の解体と、竈を組んでの調理。
カーンと公爵は、それらを見ながら、未だに話し合いを続けている。
兵士達は、トリッシュが肉の解体と調理の組に、ミア達はやはり周辺への警戒。
ザムとモルドは狩りに長けた男達を集め、改めて野犬狩りに。
狩りの途中で野犬の襲撃が何度もあったそうだ。
報告に苛立ったのか、あらためて駆逐に向かったようだ。
本気の獣人兵ならば、全滅を望めるだろう。
村人からも重ねての感謝を受ける。
心からの礼と感じるものだったし、公爵も警戒を下げたのがわかった。
我々に対しては、だ。
だが、何を考えている、何を思っている?
私には想像もできない。
昏く空虚な瞳に、薄っすらと微笑む口元。
相変わらず、その様を見ると背筋が寒くなる。
激怒の先にあるのは、どんな感情か。
私には覚えのない、昏く深いものなのだろう。
村長の家は簡素だが、落ち着いた木彫りの家具と、奥方の趣味が良いのか、繊細な刺繍の施された掛物が家具に飾られている。
奥方は私を窓辺の椅子に座らせると、これもまた見事な刺繍の入ったひざ掛けをよこした。
窓からは、人々の賑が見えた。
隠していた子供達の姿もある。
よかった、少数でも女の子も残っていたようだ。
これで森に入れるようになれば、飢えも凌げるだろう。
館の方へは向かわぬように伝えただろうか。
未だに不穏な者どもは野放しだ。
確認に来るかも知れない。
きっと邪な術が破られた事は伝わっただろうから。
呪ってやったのだから。
「香草のお茶ですよ。体が温まって食欲がでますからね。ちゃんと沸騰させた湯をつかってますから、お嬢様でも大丈夫ですよ」
お茶の椀を渡される。
人族種、長命な氏族の流れの方だが、やはり村長と同じく年齢が見える。
奥方も公爵と同じく長くここで暮らしているのだろう。
その面には、他種族に対する忌避感は見えない。
貧しているが、村人達は皆、言葉も態度も良く教育されていた。
コルテスの避暑地、迎賓のための人員なのだ。
このようにやせ衰えて苦しむような暮らしを強いられる人たちではない。
「あら、金柑ですか?
じゃぁ剥いてきますから、あら、どうしました?
ご飯を先にしましょうか、外の者に言って..違う?
あら、あらあら、私にですか?
そんなお嬢様こそ食べてください。
お顔色も良くないですし、こんなお
あら、あらあら、どうしました?
何をべそをかいていらっしゃるんです、ほほほ。
大丈夫ですよぅ、こうみえて、お婆は元気でございますよ。
長命な血が濃い者は、頑丈にできてますからね。
見た目が枯れ木のようでも、なかなかしぶとぉございますから。
はいはい、わかりました。
お嬢様、一緒に食べましょうか。
剥いてきますからね、ほら、べそをかかないでくださいましよ。
これからは、宗主様も戻られましたしね。
外に出していた者達も戻してもよいでしょうから、きっときっと、この村もよくなっていきますからね。
お嬢様方のおかげで、やっとやっと」
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