第638話 神の目 ②

 喋れない不自由を克服するには、何か工夫が必要だ。

 暫く休み、奥方が調理をする者達に呼ばれた隙に、外へ出た。

 誰も彼も忙しく、私の動向には注意を払っていない。

 私が村の中にいるとわかっているカーンも、特段の注意をよこしては来ない。

 繋がる面倒な部分と、喋れない事の善し悪しを考えつつ、私は家屋の裏手に回った。

 申し訳程度の屋根が置かれた囲いを見る。

 厩に転がる代物は、もう、中身が見えない。

 絡みついた蔦は、蕾が膨らんでいた。

 女達の魂の記録を見てから、私も、伝えられたカーンも、彼らが朽ち果てる事になんら感慨を覚えない。

 吸い尽くされて朽ちるが定め、神の罰だ。

 ただ、一つ気がかりがある。


 この花は、どこからあらわれた?


 魂の記憶には、蔦がどこからわいたのか見えなかった。

 唐突に巻き付き、吸い殺し引きちぎった。

 意思を持つ異形なのか?

 何処から来て、どうして罪人を見分けている?

 これも不死の王の産物だとしてもだ。

 小刻みに震え脈打つ蔦を見る。

 呪術で生み出したのではない。

 召喚された、異界の生き物だ。

 波動は無邪気。

 だから罪人以外は触れても反撃はない。

 飢えて人を襲うという訳でもない。

 宗主の危機に守りの術を広げ、女達の仕返しに現れる。

 いずれもその行いは先んじる事なく、後を追う。


 報復だ。


 不死の王が術、なのか?

 術、いや、意思だ。

 誰かの意思だ。

 誰の、報復だ?


 私は蔦を調べようと、その湿り気のある表皮に指を伸ばした。


『お花が咲くよ、きれいなお花だよ』


 ぎくりとして、動きを止める。

 馬の様子に変わりなく、その耳も動いてはいない。

 厩というほどの作りではない。

 手綱をかける場所と水桶、屋根囲い。

 当然、広場の騒ぎもここから見える。

 狭い村だ。

 異変はすぐにわかる。


『ねぇ、もうすぐ、いっぱいお花がさくんだよ。

 約束、約束、ずっと待ってた。

 僕のお友達。

 お花が咲いたらね、いっしょなの』


 それは目の前に座っていた。

 美しい毛並みは光り輝き、瞳は硝子のように澄んでいる。

 私が見つめていると、山猫は耳を動かし髭をひくつかせた。

 小山のような姿。

 すこし首をかしげると、私を見下ろす。


『ねぇどうしたの?

 いつものように、お歌は歌わないの?』


 子供の、幼子の声だ。


 私は唾を飲み込むと、首を横に振った。


『お話、お話しようよぅ』


 私はどうしたものかと、喉を押さえた。


『痛い、痛いなの?

 じゃぁかわりにお話してあげる。

 お友達のお話だよ。』


 山猫は、尾でパタリと藁を叩く。

 すると忽ち、私は夏の陽射しに焼かれていた。


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