第636話 五年分の空白 結

 ***


 村で一時、留まる。

 情報交換だ。

 夕方までここで過ごし、姫の墓所近くで野営をする事になった。

 兵士達は晩御飯を用意すべく、森へ入っていく。

 ミアの班が残り、それ以外は狩りだ。

 野犬も狩りつつ狩猟もするらしい。

 公爵本人が野犬の一掃を願ったため、道案内はあの少年と村人達が請け負った。


 寂れた村の申し訳程度の外囲いを眺める。

 私は村の広場らしき場所に座る。

 正確には、ミアの膝の上だ。

 うん、おかしい。

 カーンと公爵は、広場の水場の側に腰をおろしていた。

 会話は聞こえないが、カーンのやりとりは大凡感じられる。

 これまでの我々の行動の経緯。

 コルテス領地に関する噂。

 あの館での事。

 ここ数年の船の沈没。

 奇妙な出来事、状況、現在の中央の動き等だ。

 公爵にしてみれば、寝耳に水の状況だろう。

 表情を見るかぎり、読み取れる感情はない。

 粗末な石の水囲いに腰を下ろして、腕を組んでいた。

 休む姿でさえ優雅だ。

 それでもその顔色の奥、彼の本心を探らずにはいられなかった。

 キリアンという名前が語られたならば、渦中の公爵には、我々部外者とは異なり、答えがあるのではないだろうかと。


「足は痛みますか?」


 ミアの問いかけに頭を振った。

 久しぶりに足を使ったせいなのか、骨の芯が痛む。

 私が難しい顔をしていたので、カーンがミアに預けたのだ。

 彼女はその辺の切り株に腰掛けると、冷えると言い出して、この体勢に。

 いやいや、私は身長は低いが幼児ではない。

 と、カーン経由で伝えたのだが、聞き入れてもらえなかった。

 どうやら、子供枠に私は確定されてしまったらしい。

 公爵を怖がった副作用か。

 ついでに髪までとかされている。

 土に転がり、煤にまみれていたので、気になったのだろう。

 凝った編み込みで結い上げようとしている。

 周りを警戒している女性兵が、ここを編んだら左に回したほうがいいとか、言い始めた。


 えぇっと、私のお世話は大丈夫なので、公爵の護衛とか仕事を..


 と、再度、カーン経由で伝えてもみた。

 結果、お前ら女達で固まってろ、ついでに周辺の警戒してろや。

 との言葉をいただき、こうなった。


 たぶん、例の種族的な配慮だろう。

 群れの子供を原因とした諍いを起こさない為には、元より子供から女達を離さないのが一番らしい。


 そもそも私は子供ではない。

 と、いう前提が行方不明なのだが。


 私、それほど子供ではないのですよ。

 実は、一人で暮らせるぐらいなのですよ。


「お体が弱っていらっしゃるんですから、楽をしてもいいんですよ。

 ドンと構えて待ってりゃいいんです。

 男達を追い払ったわけじゃぁないですよ。

 なぁお前ら、馬鹿は働かせるに限るってもんだよな?」


「新鮮な肉の調達にはりきってましたよぅ。

 巫女様に肉を食わせるんだって馬鹿が勇んでましたから。

 村にも食料を残すのに、少し大物も狙うって話ですよ」


 とは、見張りに立つ女性兵だ。

 村も獲物を直ぐ捌いて公爵に饗せるよう準備に動いている。


「昨日もあっという間に、仕事が終わっちまったでしょう?

 あのくらいじゃぁまだまだ、働いたことにはならないですからね。

 野犬狩りぐらいさせなきゃ。

 私等?

 巫女様をお守りする役目がありますからね。」


 と、ミアが笑う。

 ちなみに獲物を捌くのも、料理するのも男の仕事らしい。


「肉は熟成させないと美味しくないんですがね」

「あ〜ミア、アタシ、例の万能調味料もってるぅ。」

「用意がいいねぇ。

 それ巫女様の分だけ使ってもいいかい?

 使った分、アタシが払うよ」

「いらないいらない。

 まとめて使っちゃえば、アタシも食べるしぃ。

 でも、補佐官に請求できないかなぁ。頑張ったご褒美ぃ」

「いいねぇ、今回の仕事ぶりは巫女様のおかげだしね。ちょっと聞いてみようか。」


 そうして暫く、他愛ない話に耳を傾けた。

 お陰で気がつく。

 冷静になったのかな?

 当たり前の事だが、五年分の空白を埋めるのは、私ではないのだ。

 悲しみも苦しみも。

 私のものではないのだ。

 ちゃんと心に線引をしないとね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る