第635話 五年分の空白 ⑨

 ミアさん達も喜んでませんよ。


「重量獣種の女に男の媚びが通用するかよ。

 お前が怯えるから、彼奴等の機嫌は最低だ。」


 近く来ていた彼女の顔を見る。

 いつもの笑顔だ。


「ザムとモルドが押しのけられてるだろう。

 仕方なく公爵の方についてるが、護衛の交代を俺は許していない。」


 あれ?


「子供にちょっかいかける男を、重量獣種の女は殺そうとするからな。

 命令違反とするには、采配が悪いと言われかねない。

 そこは見逃すが、手出しを控えろよ。

 罠をはるような言動しかしないのが、古い血の者だ。

 どの程度で反応するか、向こうも様子を見ている。

 言質もそうだが、不利になる状況を作らされぬよう気を抜くな」


 それに白い牙が輝き、彼女はカーンに諾を返した。

 その笑顔は、やはり灯明のように見える。

 暗闇に灯る輝き。

 私なぞに、その輝き、心配りはもったいない。

 私の良くない先行きに、巻き込みたくないと思う。


 旦那、彼女に無理をさせないでくださいね。


「何を不安に思っているかと思えば。

 お前の価値観はきっと村の年寄りに学んだからだな。

 もちろん、女を大事にする考え方ってのはいいことだ。

 でもな、女を大事にする理由は弱いからじゃねぇんだよ。

 東部人、まぁ北もだな男が強くて女は弱いっていう固定観念があるのは、種族差からだろう。

 それが南の人間になると、当てはまらなくなる。

 女を大事にするのと、女に荒事をさせないってのは繋がらねぇんだ。」


 私だってわかっています。

 でも、不安になるのです。

 私が撒き散らす不運に、誰も巻き込みたくないのです。


「不運ねぇ。

 じゃぁ髭面の男ならいいのか?」


 誰もです。


「でもお前は女の兵士が不満なんだろう?」


 違います!


「わかってるさ。

 逆だってな。

 お前は親しみを覚え、相手を知ると不安になる。

 己が置かれた状況に相手を巻き込みたくないってな。

 少しでもその心配を減らしたいから、ちょっとやそっとじゃ死にそうもない俺みたいなのだと安心する。

 ところがだ。

 お行儀良さげにとりつくろってる、そこの奴みたいなのが世話につくと。

 心配で心配で落ち着かない。

 信頼はしているだろうが、信じられないんだろう。

 ミア、こいつなお前が心配らしいぞ」


「光栄ですが、大丈夫ですよ巫女様。

 アタシは、こう見えて重量ですんで。

 いざとなったら、貴女だけを連れて王都だろうが、どこまでも行けますよ。

 邪魔な者は何でもぶち壊しますからね。

 目につかないように処理しますんで、ご安心ください。」


 晴れ渡るような笑顔、だ。

 旦那。


「言ったろ。

 時々な、とんでもない女がいるんだ。

 悪口じゃねぇぞ。

 とんでもない荒くれた強い女ってのがな、いるんだ。

 重量の獣人は性別に関係なく、お前が思うより強いんだよ。

 そしてな、そこで澄ました顔してお前を抱えたくてしょうがない奴はだ。

 純粋な力比べで負ける相手は、オービスやスヴェンのような超重量だけだ。

 まぁお前も懐くならミアが一番安心だしな。他は信心が先にはしってもっと酷い結果になりそうだからな。」


 待ってください、それは?


「気にするな」


 気になります!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る