第634話 五年分の空白 ⑧

 程なく、あの村についた。

 帰り道は早く、一夜の事というのに訳もなく安堵を覚える。

 あいも変わらず戸口は閉じられていたというのに、馬上の人物を認めたのか、一瞬で村がわきあがる。

 村人達は外へと飛び出し、年寄りや子供、男達は地に額づいた。

 連なる血の氏族達だ。

 彼が誰であるか、遠目でもすぐさまわかったのだろう。

 彼らが望んだ、そして死んだと思っていたのだろう人物。

 そう、長い支配の変質が、公爵の所為だとは欠片も信じていなかったのだ。


 どうやら本人のようですね。


「派手な外見だ。偽るのも難しかろう」


 公爵は不思議そうに、寂れた村を見回した。

 彼の記憶の中では、これほどの貧しさや苦痛の欠片など目にする事はなかったはずだ。

 そしてあの老人、村長と話し始める。

 老人は泣き、公爵の顔は、徐々に白くなり血の気が失せていく。


 五年分の空白。


 長命種の方は、表情があまり変わりませんが、お心に苦痛を覚えると顔色が白くなられる。

 アイヒベルガー様もそうでした。


「幸運だとしか言いようがない。生きていただけ儲けものだ。」


 発言は巫山戯ていらっしゃいますが、公爵様も信じられなかったのでしょう。

 領主不在の五年。

 ご家族、氏族の方々、領地の事。

 裏切られた辛さは、さぞ苦しい事でしょうね。


「お前の好きなまっとうな感覚の持ち主なら、そうだろうよ」


 違うと?


「俺やあの男のような人種はな、お前の生きる世界を羨むが、そこに暮らしたいとは思わないんだ。」


 まるで違う世界に生きているみたいですね。


「あぁ違うね。

 育ちの良い苦労知らずだから罠に囚われていたと思うか?

 元々、死ぬのなんて怖くもなかったとしたらどうだ。

 そういう奴に情や悲しみが残っていると思うか?」


 支配をする立場の方は、情を露わにできないのでは?


「塔に閉じ込めて餓死を願われる。

 上等じゃないか。

 敵は、それほど恐れた。

 お前とグリモアが言う通りの卑怯者って訳だ。

 直接、手にかける事を恐れるほど、怖がったなんてよ。

 俺だったら、笑うね。

 あまりにも肝が小さいってな。

 じゃぁそんなおっかねぇと敵がびびり上がる公爵様ってのは、どんな男だ?

 お前だって怖いと思った。

 正解だ。

 あの手の男は外見は甘っちょろいが、中身は強情で執念深い。

 お前の言う通り、、だからな。」


 私よりも辛辣じゃないですか。

 お会いしたばかりでしょうに。


「起き抜けの対応を見たろう。

 俺たちに敵わないと悟る判断の速さ。

 肝心な事などひとつも漏らさない。

 動揺も見せずに、狂人の言動だ。

 どれだけあの頭の中で計算してやがるんだ。」


 そりゃそうでしょう。

 目覚めて中央の兵士に囲まれていたのですから。


「それで落ち着き払って、一番の狙い目とお前に話しかけるか?」


 悲鳴は上げませんでしたね。


「頭の緩んだ男のように振る舞った。

 まぁ普通の娘なら、あの顔で油断をしただろう。」


 はぁ、そうですか。

 普通じゃなくてすみませんね。


「普通じゃなくてよかったんだよ。

 笑いかけられる度に、震え上がるとか、こっちこそ笑わせてもらったぜ。

 褒めてやろう」


 褒められても。

 怖いのは本当ですから。

 微笑まれると、背筋がぞわぞわするのです。


「お前が大人の女なら、さぞや喜んだことだろうよ」

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