第632話 五年分の空白 ⑥

 継嗣である姫様は、ご無事だと良いのですが。


「仕掛けてる相手は、お前グリモアからすると強いのか?」


 呪術者として研鑽した者ではない。

 強い者であるなら、無駄な力を抑え込めたでしょう。

 彼らからすれば、愚かで惰弱、敵対する程の者とは思っていません。

 残念ながら、私や普通の人にとっては、凶悪な相手ですが。


「俺なら殺せるか?」


 呪術者本人が、まだ人間ならば殺せるでしょう。

 ただし神罰を受けた者の命は、神がその運命を握っておられます。

 殺せるか否かは、神の望むままです。


「なるほど。

 嘘だと言いたいところだが、そうも言ってられねぇんだよなぁ。

 まったくよ。

 この歳になっても、呆れ返るような事ってのはあるんだなぁ」


 お年寄りみたいな事をいわないでください。

 コルテスを滅ぼすつもりか、どのような結果を求めているのかわからないのが不安です。

 公爵を帰すにしても、敵の手に渡すような事になるのでは?


「本拠地は山脈地帯だ。

 馬車で十日以上かかる。

 一度城塞に入れ、公爵自身の判断を加味せねば、答えも出せない。

 領主街は東回りの街道沿いなら近いが、まぁそれも、これからだ」


 領主街とは幾つもあるのですか?


「誰とお話に?」


 声が聞こえたのだろう。

 公爵が振り見て問う。

 先に進ませたが、私の言葉はどうせ聞こえないので、カーンは普段道理にしていた。

 カーンだけが言葉を選んでいれば、内容の意味はもれない。

 まぁ弊害は彼自身、奇矯な振る舞いをする人物と思われるだけ。

 それか、大きな独り言をいい続ける狂人か。

 どうせ元から評判も悪いがな、とカーンは呟く。そしてそれから、


「あぁ何だ?」


 と、問い返し彼は首を傾げた。


「姫の騎士護衛が獣人とは知りませんでした。」

「悪いか?」

「いえ、失礼な意味に聞こえましたね。

 中央の兵士が並ぶ物々しい雰囲気でしたので。」

「物騒な土地だからな。気分は大丈夫か?」

「お気遣い重ねてありがとうございます。人心地ついてやっと頭も動き始めましたよ」


 私のかわりに聞いてくださいよ、旦那。


「ひとつ聞いてもいいか?」


「答えられることならば」


「姫というのは、誰だ?」


「貴殿が抱えるお方ですが?」


「馬鹿らしい質問だが、冗談だよな?」


「冗談とはおかしな話ですね。ランドール殿中央王国の王姫君氏族の者ではないですか」


「からかうんじゃねぇよ。寝起きによく冗談が言えるなぁ」


「貴殿こそ、対面したことがありますか?

 義兄殿のご家族には、いくつかの種族と系統があるのですよ」


「バカ話にはつきあわねぇし、俺にそうした冗談をなせる教養はねぇぜ」


 ちなみに公主様は、どのようなお姿だったのでしょう?


「俺の知る限り、金髪碧眼の人族種だ。

 お前とは種族も違うし、似てもいない。

 公王系列に例えるのは、冗談でもやめてくれ」


 馬鹿にした声で言われても、公爵は余裕で微笑んだままだった。

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