第631話 五年分の空白 ⑤

 恨み、妬み、悪感情。

 原因はわかりませんが、結果は示されている。

 氏族の娘たちはいない。

 森は荒れ果てている。

 支配下の民は飢え、領内の働き手と称する男が仕事にあぶれている。

 交易の船は沈み、船員は殆どが死んだ。

 アッシュガルトにていたはずの、コルテス人の姿は無い。


「公爵の配下が不穏な輩に手を貸したか、既に始末されているのか」


 私が疑問に感じるのは、何故、そこまでして術の成就を阻もうとするのかです。


「道理で考えりゃぁ、別に術がぶっ壊れても、得する事が無いように思える。

 お前が言う、恨みや悪意とするにゃぁ大掛かりすぎる。

 首一つとるなら、刃物ひとつ、石ころひとつぶち当てて終わりだ。

 なら、大馬鹿者で結果が見えていない。

 と、するには大勢の人間が関わっている。

 大勢の人間がいるなら、損得勘定できる奴がいるはずだ。

 まぁお前の言いたいことはわかるさ。

 原因と結果が本来の目的とは違っているんじゃないかって話だろ。

 手段を目的にしてる馬鹿がいて、本当の事がわからない。

 複数の人間の思惑が絡んでるんじゃないか?ってことだろ。」


 コルテスだけに限定しても、様々な可能性があるでしょう。


「可能性か」


 この地を導く新しい指導者を求めるように仕向けるためかも知れません。


「キリアンか。

 公爵と同じく娘たちが見えなくなった。

 公爵方の勢力が切り崩されたか。

 公爵同様、行方知れずのキリアンといい主だった氏族は無事では無いだろう。

 騙りが現れる為の下地を作ろうとしてもおかしくはない。」


 この地を導く者が新たに現れれば、人々は感謝し称えるかもしれません。

 本当の嫡子かどうか、行方知れずの親戚も死んでいたら、どうやって証明できるでのでしょうか。

 キリアンと自称する誰かが現れたとしたら、それが本物と認める人は、神官となります。

 ですが、この地に神官はいません。

 アッシュガルトの神官様は死にましたし、新たに巫女様が入られましたが、奥地に向かい対面する頃には、権力の座にいるかもしれません。


「キリアン本人かどうかなんて、氏族の主だった人間を殺してしまえばごまかせるかもしれない。と、勘違いするかもなぁ。

 トゥーラアモンで説明したか?

 血統継承が必ずなされるとは限らねぇし、中央の都合の良い人間ならいいのさ。

 まぁそう謳ってたとしてもだ。

 それを真に受ける馬鹿はいない。

 得体の知れねぇ誰かを、公王親族とするわけもねぇ」


 やはり無理ですよね。


「当然だ。そんな事がまかり通るほど、中央はヌルイ支配はしてねぇよ。

 だが、正真正銘のキリアン本人だったら、また、話は違ってくる」


 危機に瀕した土地を、不遇の息子が立て直そうと名乗り出た。

 ですが、キリアン氏が本人だとしても、術の継承はできないので無駄ですね。

 偽りの者は何も手にする事はできないでしょう。

 偉大な術は、同じく拒み祟るだけです。


「無駄なのか、理由は何だ?」


 生贄を捧げても術の対価とはならない。

 恩恵を受けるには払った犠牲に見合う、それ以上の対価を払わねばならない。


「意味がわからん」


 今、鎮護の道行きを支えているのは、公主様でしょう。


「まぁそうなのか」


 公主様は、この土地の安寧を願い眠りにつかれた。

 と、言葉を飾らぬのであれば、奥方を公爵は捧げ支払いをした。

 それは奥方も望まれ許した。

 公主様が許したからこその話といえるのです。

 自分が支払いをすると、自ら望んだという事です。


「どうしてそう思えるんだ?」


 旦那も術を見たでしょう?

 馬方は、記章を与えられた者コルテスに尽くした者だった。

 馬上の御方は、きっと公主様です。

 眠りにつかれていましたが、そのお顔は安らかでしたでしょう?

 悲しみ恐れを越えた場所で、眠っておられるのです。

 もう目を見開き、過去を振り返らぬ場所にいるのです。

 続く亡者の歩みも、きっと安らぎを与えてくださるとわかっているからこそ従うのです。


 死因も詳細な経緯もわかりません。

 ですが、守護を願い殉じた魂の歩みは、いずれ安らかなる場所へと還るでしょう。

 そんな歩みと同じ真心を、下衆がどうやって神へと捧げられましょうか。

 それを認める神がおられましょうか。

 よほど神罰を与えられたいと、慈悲を賜りたいと考えているのでしょうか?

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