第630話 五年分の空白 ④

 コルテス内地は暗く荒れ、何かよからぬ雰囲気になっている事は確実だ。

 愚かな輩は、公爵の勢力の内部にいるのだろう。

 だが、一概に謀反が起きたと決めつける事もできない。

 コルテスだけの事とはできないからだ。


「どうしてだ。」


 馬を先に行かせ、その背に乗る人物を眺めながら考える。


 鎮護の道行きをコルテス公爵家が執り行った、公王公認で。

 この術は東マレイラ全体を指定しているのです。

 災い避けとして、東の土地にかかる巨大な神の術なのです。

 それを失わせる為に公爵を害そうとした?

 権力争い、東の利権争い?

 コルテス公殺害が主眼なのでしょうか?

 術を壊す事。

 壊すために公爵を殺す?

 公爵も殺せるし、術も壊したかった?

 まぁどちらにしろ術を壊す事にためらいは無い。

 でも、それで誰が幸せになれるでしょうか?

 旦那のわかりやすい言葉で言えば、誰が得をするのでしょうか?

 支配をするとしても、災いまみれの土地にしては、何の旨味も残りません。

 まして、この蛮行、術を穢す行いは無駄でしかない。

 証拠もあるんですよ。


「証拠?」


 鎮護の道行きは供物という犠牲を払い、大きな力が巡ります。

 ですが、その願いの行き着く先は、神の意向そのものなのです。


「脳みそのたりねぇ奴にも、わかりやすく言ってくれよ」


 この術は成就すると消えるんです。


「ん、どういう意味だ?」


 この術は、厄災がおさまり、理が正しく巡るようになれば、消えるのです。


「そのことわりってのが、神学嫌いにはわかりずらいんだよ」


 何を願い、この術式が置かれたのか、本当の目的はわからない。

 けれど、土地を守る術だと見分ける事ができます。

 そして指定範囲は、東マレイラなのです。

 東マレイラに暮らす人々とね。

 大きな術です。

 とてもとても大きな、国護りですね。

 この術は汎用的でもあるので、その土地の問題に合わせて動きを変えています。


「コルテスの術とやらじゃないのか?」


 他の土地はわかりませんが、きっと東の他の土地でも問題に対処しているでしょう。

 きっとその土地々々の自然環境の問題に対処しているでしょう。


「冗談だろ」


 冗談ではないのですよ。

 この術の主眼は、土地の荒廃を抑えるという事に置かれています。

 例えば、コルテスだと鉱毒の被害です。

 そこで毒の広がりを人間が抑え込めるまで封じる。

 だから過剰な手助けは無い。

 何処かで川の氾濫が起きても、堤が勝手に修復される事はありません。

 代わりに疫病の発生が遅れたり、致死に至るような飢饉も軽減されます。

 わかりますか?

 人間が対処できる位に弱めてくれるのです。

 過ぎたる神の力が振るわれるわけではありません。

 それらが人間が何とか生き残れるとわかる。

 もしくは問題解決ができ、自然が復活したところで願いの成就になる。

 あくまでも、この世の正しい姿を取り戻すという願いです。

 理、神の望む自然のあるがままを取り戻すという事。

 そして自然が戻れば、この術も消えるのです。

 誰が何もしなくとも、その道行きは神の元へと向かい還っていくのです。

 わかりますか?


 誰も何もしなくとも、災厄をおさめ土地を豊かにして消えるのです。


 公主ニコル姫様を慕う領民の言葉をお聞きになったでしょう?

 豊穣と繁栄を願う方を敬っているのですよ。


 旦那、この術を穢す意味が、わからないでしょう?


「つまり、なんだ。

 手出ししなくとも、勝手に利になる行いをして消える物を、わざわざ手出しして壊そうとしたのか?」


 思い当たるのは、厄災を求めたという考えです。

 正気なら無駄、無意味ですが。

 公爵への仕打ち、行いを考えれば、そこにあるのは憎悪だけです。

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