第629話 五年分の空白 ③

「オリヴィア、お前の事情とは違う」


 いいえ、臆病な事は罪だ。

 無知を良しとするような弱い心もいけない。

 旦那も言ったでしょう?

 自分を甘やかす弱さこそがいけないと。


「そうじゃねぇよ。

 自分を責める材料にするんじゃない。

 何もかも自分の所為にするのも極端だろうが。

 それに、俺が悪いんだよ。」


 何を?


「お前のお話を聞きたがってるのは俺だ。

 お前のお話だ。

 利用してるのは誰だ?

 ほら、俺だ。

 さぁ続きだ。

 自分を責めるお前の話じゃない。

 楽しい楽しいグリモアの解釈とやらだ。」


 ...。


 公を害そうとした者も臆病者だ。

 自分が犯す罪を恐れた。

 恨まれる事もそうですが、一番は報復、呪術の報復で呪われる事を恐れた。

 なまじ呪術を知っているだけに、その報復、対価を払う意味がわかっていた。

 だから他人に命じ、眠らせ、閉じ込め、誰が指示したかを隠す。


 餓死ならば、呪われずに済むと考えた。

 眠っている内に塔に閉じ込めるから、犯人の素性もわからない。

 不運にも老築化した別邸で出口が崩れ事故死する。

 それも術が壊れ領地は混乱中の時にです。


「そんなうまい話があるのか?」


 あると思いますか?

 旦那や憲兵の皆様は、盗人や人殺しを捕まえる時、どうしているのですか?

 手段や方法を変えたら、罪から逃れられるのですか?

 罪を犯す事を命じた者は、許されるのですか?

 罰する法律のない他の国へと逃れれば、無罪となりますか?


「耳が痛いぜ。

 手段は関係ねぇよな。

 命じた者にも罪はある。

 直接手を下さなくとも、関わり原因となるなら罪を償う義務と責任も生じる」


 卑怯者の浅知恵。

 不死の王の術は元々、鎮護、守りの術です。

 そして不死の王とは黄泉の者でもあります。

 死を広げれば広げるだけ、の王の力も大きくなる。

 姫も女達も、多くの巻き込まれた命も、結局は安らぎを求めるでしょう。

 なれば答えるのは自明のこと、宗主様、コルテス公が五年も眠り続け、守られていたとしても嘘とは言えません。

 彼が生きている。

 その事こそが、多くの命が失われた証だ。


 そこで疑問が浮かぶのですが。

 宗主頭領不在のコルテスは、どうなっているのでしょうか?

 五年もの不在、いえ、五年よりも短い時間だとしても、内地は今、どうなっているでしょう?


「宗主失踪という事態は、公になっていない。

 内部分裂、内乱中ってのは確実だ。

 爵位相続に関しては、中央の法律で死後の爵位相続が基本だ。

 当主が失踪した場合は、複雑な手続きになる。

 中央政府介入の裁判や手続きが必須だ。

 つまりどういった経緯で死んだかが問題になる。

 どちらにしろ継嗣が正式な手続きを行い中央が認めねば、自治領とは認められないだろう。」


 つまり内乱ならば中央介入が即座に行われるのですね。


「だが、御当主様とやらを掘り出しちまった。

 それも公王の義理の弟様だ。

 まぁ面白いことにはかわりねぇが、ちょっとばかり複雑さが増えたな」

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