第580話 人の業 ⑪

「次の日、、アンタらがいう墓守が鍵を開けた。

 彼奴らは、だった。

 何も問いはしないし、俺達の数が減った事を気にもしない。

 俺達は彼奴らが怖かった。

 けど、彼奴から本当の事を聞くのも耐えられなかった。」


 薄い扉の向こうには何がいる?

 見殺しにした奴らのこの場所で、夜を迎えるのが怖い。

 夜が怖い。

 自分たちを引き入れた原因の男達でさえ、この有り様だ。


「頼む、夜になる前に、この場所から連れ出してくれよぉ。」

「そこが不思議なんだよ。

 お前らには二本の足がある。

 おまけに、お前達が言うところの、原因の男達は、ああして干からびかけてる。

 つまり、お前達は自由じゃないか。

 野犬だろうが何だろうが、槍を片手に川を下ればいいって訳だ」


「ひぃひとり、試した。

 けど、追いかけ回されて戻った」

「昼間にかい?」

「あぁ森に、犬以外の獣が、いるんだ。」

「あぁ山猫かい?

 アタシらも出くわしたが、こんだけ男がいりゃぁどうってこと無いだろう」


 それに男達は口をつぐんだ。

 隠し事だ。

 隠し事がまだ、ある。

 一通りの話は終わった。

 雨漏りは相変わらず、湿気った寒さが肌を刺す。


「何も言わないのかい?」

「追いかけ回された奴も、夜に試して帰らなかった」

「じゃぁ昼間、今すぐ歩いて出ていけばいい」


 男達は口をつぐんだ。


 物理的に、自分からは逃げられない。

 と、いう思い込みだろうか?


 私は暫し、この話の意味を考える。

 現実的な理由ならわかる。

 使用人が契約途中で逃亡するれば、二度と普通の仕事にありつけない。

 相手はコルテス公爵の紋章を掲げていた。

 嘘か誠かわからないが。

 外に出るなと最初から忠告を受けている。

 外にでなければ、彼らは無事に衣食を与えられているのだ。

 そして現実的ではない理由もある。

 呪術としての視点だ。


『呪術ならば、己が同意をもって捧げられた場合、約束を違える事は消失である。

 そして供物であると理解した上で、奪う行いに対しては神罰が下るであろう。』


 呪術なのだろうか?


『はて、誰への問いであるか?』

『意地悪は止めてあげてよ、寒いし無駄なお話さ。

 僕たちも沈黙をしよう。

 彼らも沈黙を選んだようだしね』


 グリモアとの対話の途中、呆れたようなため息が耳を過ぎた。

 カーンには、彼らの戯言はもう十分だと判断したようである。


「ミア、トリッシュ。

 手順通りに進めろ。

 馬鹿話に付き合うのも、ここまでだ。」


 カーンの言葉に男達が顔を上げた。


「嘘じゃねぇんだよ、本当なんだ」


 それにカーンは心底呆れたように返した。


「それがどうした。

 死んだ奴らが大きな顔をして歩き回る世の中だ。

 いちいち化け物話に怖気づいてたら兵隊なんぞやってられん」


 カーンが気になるのは、あくまでも人間の罪である。

 人こそ邪悪であり、信用とは口先だけでは得られない。

 何を語ろうとも、恐れるは人の業なのだ。

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