第579話 人の業 ⑩

「風が吹いてた。

 雨が降って、打ち付ける大きな音。

 雨の音を聞いていた。

 俺達は、布団の下で耳を澄まし息を殺していた。」


「聞こえた?」


 問うと男達は頷いた。


「あぁ聞こえた。

 だんだんと近づいてきたんだ。」


「何処から来たと思う?」


「館の中だ。たぶん、ここだ。この広間だ。

 最初の晩は、あちらこちらから聞こえてわからなかった。

 でも、今度は聞こえた。

 足音に変わる前に、チャリチャリって音がしたんだ。」

「一緒だと思ったが、違う。」

「どう違うんだい?わかるように話な」


 男達はミアに顔を向け、幾人かが同じような事を言った。


 集中して聞いていると気がついた。

 最初に軽い金属のチャリチャリという音がする。

 それが過ぎると、今度は重い何かを引き摺る音だ。

 ズルズルと湿った音。

 そして多くの足音。

 時々、重い金属の音。


「最初の軽い音が過ぎると始まる。

 チャリチャリ、チャリチャリって館の外に行き過ぎていくんだ。」

「何の音だと思う?」

「わからねぇ。

 その後に続く音は、もっと重くて擦れるような音だ。

 湿った鉄鎖を引いてるみたいな嫌な音だ。」

「それでどうなった?」


 やがて音は広間を過ぎて外へと出ていった。

 正面玄関の開いた音は聞こえない。

 だが、音は行き過ぎ外へと出ていった。


「他の部屋の誰かが扉を開ける音がした。

 いなくなった奴らの名前を呼んでいた。」

「知り合いだったんだろう、たぶん、無事かどうか知りたかったんだ」


「お前らは、無事だとは思ってなかった訳かい?」


「当たり前だろう。

 どうやったら訳のわからねぇ悪戯をするんだ。

 こんな見捨てられたような場所で、仲間をびびりあがらせて何が面白いってんだよぅ」

「まぁそうだよな。で、続きだ続き」

「信じられねぇのも俺等だって、わかってらぁ」


 男達はお互いをみやった。

 それから向き合う女兵士に、笑う。

 笑いながら、泣いた。


「いなくなった奴らの名前を呼んだらよぅ、答えたんだ。

 館の外から、答えが返ったんだ。」



 あぁ、こっちだよ

 おれは、こっちにいるよぉ



「俺達は部屋から出なかった。

 けど、他の奴らは出ていった。」


 忍びでた男達も、この玄関広間から外へと出ていってしまった。

 複数の足音が外へと出ていくのがわかる。

 ざわめく人の気配が遠ざかり外へと散っていく。

 それでも彼らは部屋に残り、息を殺し気配を消そうとした。


「おかしいってわかった。

 外がおかしいんだ。

 真冬の霜がおりたみたいに、空気が違っていた。

 俺達は、耳を澄ました。」


 静寂。


 雨の音さえ控えたように、静寂が辺りを埋めた。

 男達は意味のわからぬ恐怖に体を固くする。


 微かに届く音。


 それはわかっていた結末のようにも思えた。

 男達が予想していた声が聞こえた。


 悲鳴だ。


 遠く微かに、悲鳴が幾つも聞こえた。

 助けてという言葉も、確かに聞こえた。

 殺さないでくれという、言葉。

 やめてくれ。

 やめてくれ。

 やめてくれ。


 男達は耳を塞いだ。

 聞こえない。

 何も、自分たちは聞いていない。


 そして次の日。

 彼らはいつもどおり、過ごした。

 誰も何も問いもせず、確かめもせずに普通に過ごした。

 いなくなった男達は何処にいったのかも調べもせずに過ごした。

 陽の光りさえも虚ろになり、夜は恐怖の時間となった。

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