第578話 人の業 ⑨

「誰かが歩いていた」

「誰かって、お前達を閉じ込めた奴らだろう?」

「悪戯だと思ったんだ。俺達を怖がらせようとしていると思った」


 大げさな話し方だ。

 意味を測りかね、ミアは男達の目を覗き込むように見つめた。


「どうしてそう思った?」

「足を引きずっていた。床をズルズルとこすりたてるような音だった。

 それがどんどん大きくなる。

 一人二人じゃない、まるで」

「どこから聞こえた?」

「わからない。館中から聞こえてくるんだ。

 一晩中、廊下を上階を、それから庭先からもだ。」

「帰ってこなかった奴らが、ふざけていると思ったんだ」

「じゃぁ悪戯だろう、見に行かなかったのかい」

「普通じゃなかったんだっ!」

「さすがにお得意の普通じゃぁすまなかったんだね。で、それでどうしたんだい?」

「翌朝、やっぱり彼奴ら、墓守は何も言わなかった。

 鍵を開けて、いつも通りだった。

 俺達も何も言わなかった。」

「何故だい?」

「帰ってくると思っていたんだ。

 まだ、その時は思ってたんだ。

 足音は、きっと悪戯で、だから、戻ってきたら話し合うつもりだった。」

「やぶ蛇になって咎められたくなかった。

 気がついていないんじゃないかって」

「だから、次は皆で待ち構えて確かめようってなった。

 戻るに戻れないなら、戻ってくるように言うつもりだった。」

「で、どうなった?」


 そこまで語ってから、男達は口を何度もあけしめして言葉を探していた。

 やがて一人が答えた。

 疲れ果てたような顔には、どす黒い隈がある。


「昔から、俺達の地元では、夜にする物音は、悪霊の仕業だという言い伝えがあるんだ。

 だから、他の奴らと話を合わせてはいたが、いたんだが、よ」


「怖かったのですね」


 漏らした言葉に、彼らは驚いたように私を見た。

 カーン達のお喋りには気が付かなかったようなのに、何故か伝わったようだ。

 それとも私の声が異質だったのかもしれない。

 どうやら私の存在自体、気がついていなかったふしがある。

 たぶん、抱える男が恐ろしげなので、見ないようにしていたのかもしれない。


「怖くて嘘をついた。

 貴方達は何か気がついていた。

 外に出てはならないと、気がついていた。

 何が、あったの?」


 私の問いに、男達はシクシクと子供のように泣き出した。

 それはミアが苛立って、男達を張り倒すまで続いた。


「わかってた。

 ウマい話なんて無い。

 俺達は怖くなっていた。

 馬車に乗って、人里から離れたのも怖かった。

 こんな寂れた街灯一つ無い場所も怖かった。

 餓鬼の頃と同じで、夜が怖くなっていた。

 俺達は、やっぱり同じ部屋に固まって、鍵をこじ開けもせずに寝たんだ。」


 臆病だった。

 だから俺達は、何が聞こえても外にはでない事にした。

 次の日、他の奴らに何を言われてもいい。

 そう決めて、布団を持ち込んで一部屋に集まり寝ることにした。

 これなら、そう、これなら、怖くない。

 子供の頃、夜に集まり泊まり込むように、一部屋で固まった。


「雨が降ってた。

 あの晩も、こんな風に雨漏りの音と風が吹いてた。

 だから、最初は雨漏りの音だと思ったんだ。

 足音は聞きたくなかった。

 聞こえなければ、誰も外にでなくてすむ」


 けれど聞きたくないからこそ、眠る事もできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る