第577話 人の業 ⑧

「出たからといって、盗み食いでもして終わりか、近在の村にでも酒を貰いに行くぐらいだろう?」


 トリッシュの言葉に、男達はひきつった笑い声を絞り出した。


「最初の頃は、そうだった。

 そうだったと思う。

 俺達は、仕事を干されるのが怖かった。

 だから部屋に残った。

 けど、何日か歩き回って、何事もなかったから、だんだんと皆、夜に動き回るようになった。

 でも、俺達は部屋から出なかった。

 言いつけを破ったら、金も貰えずに放り出される。

 だから、いつの間にか、俺達、居残りは纏まって一部屋に。

 夜はこもって、出ないようにした。」


「何故だい?」


「えっ?」

「厠に行きたかったとでも嘘を言えばいい。

 ちょっと部屋から出たって、何がいけないんだい?

 お前達は何も盗まなかったんだろう?

 そんなに寄り集まって部屋に残るのは、何故なんだい?

 そんなお行儀よくしたって、見つからなけりゃぁ外の空気ぐらい吸ってもいいじゃないか。」


 ミアの言葉に、男達は表情を少し和らげた。

 やっと何か言葉が通じたかのような、情けない表情だった。


「帰って来ない奴が出たんだ。」

「逃げたのかい?」

「出歩くようになって、何日かめの夜。

 帰ってこない奴が出た。」

「奴らが怒ったか、金を払わないとでも言ったのかい?」

「いいや。

 何も言わなかったんだ。

 奴らは、何も言わなかった。」

「そりゃ変だ」


 帰ってこない者に対して、墓守達は何も言わなかった。

 だから、男達は拍子抜けした。

 逃げてもいいさ、という事なのか。

 そう考えた男達は、更に出歩くようになった。


「でも、お前達は出歩かなかった。

 もう一度いうが、何故だい?」

「わかる、だろ?」

「わからないね。アタシはお前達を知らないからね」

「そうじゃねぇよ。

 夜にうろついて、何処に行くんだ?」

「そりゃぁ」


 確かに、森を抜けても飢えかけた村がひとつあるだけだ。

 馬車で来た方向は山越えの険しい道で何も無い。

 村を抜けて、城塞へと向かう?


「夜、出歩くって言ったって、荷物をまとめて持っていった訳じゃない。

 金も荷物も部屋に置いたままだ。それで何処に行くんだ?」

「荷物は置いたまま?」

「俺達は、怖くなった」

「他の奴らは、門の外まででてしまって帰るに帰れないんじゃないかって、誰も深く考えなかった。

 それでも警戒する気持ちもあって、夜の出歩きは減った。」

「止めなかったのかい?」

「あぁ皆、止めようって話にはなった。けど、足音が」

「足音?」


 勝手に出ていったんだと、無情にも探さなかった。

 どこかで、これはまずいと思う気持ちもあった。

 だから、彼ら以外の男達も出歩くことを控える雰囲気になった。

 なったはずだった。

 帰ってこない者が出た晩だ。 

 いつも通り鍵がかけられ皆が寝静まる。

 と、足音が聞こえた。


 館を歩き回る足音が聞こえたのだ。

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