第581話 一夜の宴
「夜まで待つ気ですか?」
私の問いに、カーンは暫し考え込んだ。
「ともかく、この場所を一通り調べたい。だが、アレを放置するのもな」
墓守達のいる部屋を顎で指す。
「城塞のお医者に診察を?」
「持ち込みは無しだ。エンリケあたりに最初に診させる。それよりもちょっと気になる事がでてきた」
「何です?」
ミアは男達を叱咤し、それぞれ兵士に振り分け探索を始めた。
昼間の内に館の中を調べたいのだろう。
私とカーンは、ザムとモルドを従えて、墓守達の寝ている部屋へと移動した。
見た限り、未だ息はあり蔦は抱擁を続けている。
「医者の名だ」
キリアン
「心当たりがあるのですね」
「マレイラに来る前。
この辺りの支配者層と社会的地位を築いている者の名簿に目を通していた。
事件や事故の記録もな、憲兵の報告書もだ。」
「ちゃんとお仕事してるんですね」
それにニヤリと笑うと、カーンは肩をすくめた。
「見かけより真面目だろ、褒めていいんだぞ」
「頭領が真面目なのは素晴らしい事です。
で、キリアンとは紳士録に載る者なのですか?」
「医者で、キリアンという名前を覚えている」
「凄い記憶力ですね」
「冗談じゃなく、単に、憲兵の報告書の方でも見かけたからだ」
「犯罪者なのですか?」
カーンは、蔦の抱擁を受ける者達をしみじみと見下ろした。
「人間てのは、罪深いもんだ」
それから一転、愉しげに続けた。
「医者のキリアンと言えば、コルテス公の非嫡出子だ。
狂死した元婚約者、まぁ公主と結婚する為に婚姻無効とされた元妻の子供で、実質の長男だ。
本来の次期コルテス公爵という訳だ。」
驚く私に、カーンは不思議そうに続けた。
「どんな化け物話より、この名前の意味が、俺には恐ろしく感じる。
俺は間違っているか?」
「いえ、いいえ。
恐ろしい話です。
名を騙るにしても、公の息子の名で蛮行を行う事も恐ろしいですし。
名を騙らぬ者であったとしたら、それは」
「コルテスは内乱中って訳だ。
だが、続きがある。」
「他にも何か」
「この医師キリアンは、評判の良い人物であった。
不遇の生まれであったが医術をもって身をたてアッシュガルドにて暮らしていたのだ。」
「まさか」
「行方不明だ。状況から拉致されたようだ。
昨日今日の話じゃない。
公主の墓ができた後、すぐの話だ。
コルテスが知らぬ訳もない。
だが、公は隠遁中との話だけで、やはり動きはなかった。
そんな中で、今、キリアンの名前が出てきた訳だ。
拉致誘拐が公爵自身の差し金か、それとも公爵自身にも何かあった可能性がでてきた。
隠遁としてきたが、公爵の生存を外の人間は見ていない。
公の場に彼が姿を表したのは、姫の葬式以来無いのだからな。
コルテスがコルテスとして外部への金や資源を淀みなく放出している限り、内部がどの様になっていても、干渉は無い。
そういう土地柄だったし、王国としても問題はなかった。
だが、それで良い訳は無い。
今回の公主の墓の管理不行き届きという名目と内乱の可能性を持ち出せば、中央介入の糸口になりえるだろう。」
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