第582話 一夜の宴 ②
昼を回ると雨が小降りになった。
犬の声も小さくなり、時折遠吠えが聞こえるぐらいだ。
今度は風が強くなったのか、雲が勢いよく流れていく。
まるで川の流れのようで、見上げていると空に落ちるような気がした。
私がまじまじと見上げているので、カーンも一緒になって顔を仰向かせた。
二人で惚けたように見入る。
滑稽な話、男達の語る話が夢だったらいいのに。
暗く無惨な現実など、寝て起きれば消え去る夢なら良いのに。
今までのすべてが夢だったら。
私の身に起きた事が夢だったら。
夢だったらいいのになぁ。
と、考えるそばから、それも嫌だなと思った。
全部、夢だったら、こうして馬鹿みたいに空を見ているのも幻になる。
夢から覚めて、私は幸せなのか?
出会った人々を幻とするほど、私は愚かなのか?
「何を考えている?」
問いかけに素直に返す。
「命は何れ死ぬ定めです。
争わずに生きたいと思うことは、甘えでしょうか?」
「また、小難しい事考えてんなぁ。
まぁ理想は理想だぁ、お前の言う仲良しこよしは相手によりけりだ。
お陰で、俺の商売も繁盛するってぇ訳だな。
だが、善き者が夢を語っても無駄じゃァない。
そういう奴がいないと、正義は暴力によって成す。って奴になっちまうからな。
それでも暴力には暴力を返してやらんと理解できない塵もいるのは、お前もわかってるだろ?
で、何で女は現地調達で、野郎は手間暇かけて運んでくるんだと思う?」
狩人への質問ではない。
グリモアへの問いだ。
私は流れる雲を見たまま答えた。
「多分、目的が違うのでしょう」
「目的?」
対価を必要としない知識だけを開く。
書物が繰られ、文字が踊る。
「枠組みだけなら、わかるような気がします。
前提として両者共に、殺されているという仮定の話です。」
「仮定な」
「公主、ニコル姫の墓は、何某かの鎮守、守りであるとします。
その鎮守の力、加護を打ち消そうとする輩がいる。
墓を穢そうとしてたのが、墓守と称する輩だとすると、男達はその行いの為に使われた。
そう考えられます。
だとすると、女も同じ目的と考えたくなりますが、地元の女衆でなければならないというのは、縛りとも考えられます。
つまり足止め、呪術で言う杭の役割です。
彼らが何処に縛られているのか、何を縛るのか。
本来縛りとは封印です。
加護の打ち消しと封印術では、また指向性が違います。」
「指向性とやらはわからんが。
目的が2つあるわけだな。
で、何が問題だ?腹でも痛そうな顔をしてるぞ。」
「人の行いとしては悪行にほかならないのですが。
目的が害悪であるとは、今のところ断定できないのです。」
「つまり、手段は最低だが、達成目標が悪徳かどうかわからないと?」
「目的がわからないのです。
そもそも姫の墓には、何か役割があるのでしょうか?
役割があったとして、何故、壊さねばならないのでしょうか?
多くの命、人生を奪う意味は?」
「内乱か、それとも東全体の争いともとれるか」
「悪行が悪行ならば、正さねばなりません。
しかし、善と信じて人を殺める者もいます。
悪と理解していても、多くの命を救う為に非道な行いをする者もいます。
結果、善としても悪となり、悪としても善となる。」
「面倒くせえ話だな。まぁ見たまんま、人殺しが人殺しとしてのさばってるだけかも知れねぇぜ」
「私としても、長々と偉そうな事をいいましたが、呪術としての側面の話です。
人を集めて不遜な行いをしていい道理はありません。
あまり考えすぎても、よくないですよね」
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