第583話 一夜の宴 ③

「大層な魔導書様も様子見か」

「何故という問いをせねばなりません。

 グリモアは結論を用意してくれるでしょうが、理由は教えてくれないでしょう。

 人間の理由など些末な事ですから。

 だからこそ、この事態をひきおこしている者へ、問わねばなりません。

 これが私達を含む生きている人間に、何をもたらすのか。

 結局は、その結果が問題ですから」

「確かに、善か悪かより原因の追求が先だ」

「有耶無耶では無いですよ」

「わかってるって、現実は厳しいよなぁ。

 悪事を働いても、それが正当に裁かれるなんて事は滅多に無い。

 おまけに、ここはコルテスの自治領だ。

 領民を大量虐殺してようが正当な理由ってのを作り出されたら、それまでだ。」


 その通りである。

 だからこそ、ため息がでる。

 私達はどうすべきか?


「夜を待つんですね」

「一晩、ここに腰を据える。カーザ達への土産を探さねえとな」

「土産ですか?」

「ここまで遊びに来たんだ。何か珍しいもんでも持って帰ってやれば、頭の中身もすっきりするだろうよ」

「..お土産は、果物がいいですよ」


 そんな話の後、小糠雨の中を歩いている。

 廃墟という風情の庭園だ。

 そこには何かが這いまわり、もがいた跡があった。


 低い花園の囲いには、人の毛髪が。

 抉れた地面には、指の残り。

 血の痕は少ない。

 雨が洗い流してしまったのだろう。

 かわりに煮凝りのような黒い物が、ひび割れた敷石に残っている。

 雨にも流れない、脂肪の層だろう。


 あぁ、憂鬱だ。


 人の死に、衝撃が薄くなっている自分に。

 そして、キリアンと呼ばれる男の行い、殺戮の痕跡を予定調和として受け取る事にもだ。


「まぁ少しは、本当の事を言っていたようだな。よかったよかった」

「よくないです」

「わかってるって、大丈夫か?」

「大丈夫です」

「まぁ仲間殺しの、つまらねぇ話じゃなさそうだ。

 お愉しみが残ってそうで、よかったぜ」

「娯楽をこんなところで求めないでくださいよ、旦那」

「娯楽ついでだ、面白くなりそうか?」

「規模によっては、反動を考えねばなりません」

「反動、暴動か?」

「呪術としての話です」

「あぁ」

「血で贖ったモノを鎮めるには、同じだけ返さねばなりません」

「簡単に頼む」

「殺した分だけ、償いに死ぬんです」

「報復か?」

「いいえ、借金の返済でしょうか?」


 私の答えに、カーンは笑った。


「なるほど、命の借金か」


 その時、私は天啓のようにある考えが浮かんだ。


 大きな借財。


 つまり、ニコル・コルテスは、コルテスの妻として、借財を払ったのだ。

 何某かの厄災に対しての、命での弁済だ。

 村の老人が言うように、民の為、夫の、氏族の、そして、コルテス家が崩れることにより、兄が、公王が苦しむ事を減らす為に。


 人柱になった。


 ストンと、その答えが胸におさまる。

 自ら、神に誓い、を捧げた。

 そして、神は災厄を押さえ、を返したのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る