第401話 屑入れ ②

 とは言え、サーレルの不穏な警告はあったが、城塞内、それも教会に住まうのだ。

 到着そうそう何か不穏な事柄が目につくわけもない。

 道中警護の神殿騎士殿は泊まること無く戻られ、手伝いのサーレル達も去れば、後は特段恐れ慄くような事柄がおきるわけもなく。

 あるとすれば、私自身が引き起こすであろう悶着だけだ。

 それも巫女殿の威光か、はたまた何か思惑があるのか、身の内の者共は沈黙を続けている。

 思い煩っても無駄とばかりに。

 その日は割り当てられた部屋に落ち着くと、何もせずに寝入った。

 当然、朝を迎えても何事もおきず、そのまま日常を送る事となった。

 それはうたた寝にて見る夢の如く、穏やかだが現実とは思えない日々の始まりであった。

 きっとサーレルの警告が無くとも、疑心暗鬼となった私には、日常とは不安の種を育てる時間でしか無いのだ。


 ***


 教会には、城塞の内の時を告げる鐘、鐘楼がある。

 小さな鐘だが、城塞内の一応の時の区切りを告げる役割をしていた。

 普通の村や町とは違い、やはり鐘、時間の縛りが城塞には多い。

 日の出と日の入りの時間は、城の中にこれを知らせる鐘もあるのだが、やはり緊急時以外は、教会の鐘の音が時を告げる。

 城の鐘が鳴るとは、あまり良い事ではないし、聞く方も不安になる。

 喇叭でさえも入江に座礁した船でも入ってきたかと、騒然となるので、やはり時告げは教会の鐘がいいそうだ。

 この時告げの鐘を鳴らすのが今の所、私の一番の仕事になっている。

 今までは管理人の親子がつとめていた。

 彼らができない、不在の場合は町の信徒が手伝いに来る。

 鐘は、朝夕の祈りの時間、日の出日の入りに行う。

 それは教会に備えられている高価な時計を元にする。

 そしてそのお勤めは、季節によっても変わる。

 陽射しはもちろん、季節と連動しているからだ。

 だから前日に暦と記録書を確認するのが日課となる。

 それとともに私に与えられたのが、小さなねじ巻き時計である。

 寝る前に螺子を巻き、ずれがないか教会の時計と合わせておく。

 この時計で朝は起きる。

 夕方は集会場の高価な時計を確認して鳴らす。

 朝の鐘はゆっくりと、夕方は大きく鳴らす。

 と、それこそ規則正しく朝起き食事をし、夜は早く寝る暮らしとなった。

 合間合間は教会の手伝いをし、聖句の書かれた書物を開き祈る。

 忙しくしていれば余計な雑念は入り込まない。

 クリシィの言う通りだった。

 そして意外にもボルネフェルト公爵は、正確に祈りや聖句を暗記していた。

 ボルネフェルト公爵の知識としては、あたりまえのようだ。

 おかげで分厚い聖典や説教本の殆どを、私は諳んじる事ができた。

 やはり私、ではなく彼らの知識だというのは言うまでもない。

 それも偏執的と言ってよいほどの記憶量だ。

 どんな人物がどんな言葉を残したのか。

 どの言葉が聖典のどの部分に記され、何回使われているか?

 等という細かな部分までを覚えている。

 多分、イグナシオと宗教理論や論争、そして無駄な知識の競い合いができそうである。

 もちろん、間違っても熱心な信徒に知識を振りかざす愚行は絶対にしない。

 まぁその熱心な信徒と同じぐらいの知識量だと思う。

 きっとかの公爵は、イグナシオとは対極の理由で聖典や経典を読み漁ったのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る