第313話 闇の調べ ③

 私は立ち上がり、自分の姿が化け物になっていないかを確かめた。

 胸に手を押し当て、辺りを見回す。

 誰も彼もが死んでいた。

 皆、私を置いていってしまったのか。


(ちがうよ、呼んでごらん)


 グリモアが言う。


(彼らも待っているんだよ。

 君に呼ばれるのをね。

 そうすれば苦しくないよ、悲しくないよ。)


 本当に?


(気をしっかりもて、現実を見よ。

 オリヴィア、甘言を聞き流せ。

 現実の感覚を取り戻すんだ)

(さぁ、君はもうひとりじゃないよ。

 僕達が一緒だ。ほら、僕達の手をとってよ)


 三日月に目を口を細めると、グリモアは仮面の異形に変わっていた。

 ナリスは押しやられ、いつの間にか少年も同じく後ろに並び立つ。


(さぁどうする、供物の女よ)


 痺れていく感覚に、私は答えを口に出そうとした。


 ***


「チクショウ!

 誰だ、ここの捜索をした奴は!

 生きてるか、生きてるよなっ。

 この瓦礫が、クソクソ、手を貸せチクショウ」

「カーン、駄目だ。お前が押しつぶされるぞ」

「ふざけんなっ、こんな石壁ぐらいどうってことねぇ。他の奴も呼んでこい。あっちの侯爵の方は生きてんだろ、チクショウ、パラパラ崩れてきやがった」

「おぉ、こりゃぁいかん。ちょっくら擬態を解くぞ、暫く喋れんからよろしくなぁ」

「オービス、助かった。それ、押せ、それっ、おぅき、たか、手伝えこんちくしょうぅ」

「気が狂ったかと思ったぞ、急に瓦礫を掘りはじめるからよ」

「黙って土砂を支えてろ!カーン、埋まるぞ、お前も埋まる」

「しるかぁ!」


 ***


(間に合ったか)

(うん、良かったねぇ)


 不意に、私を何かが包んだ。

 とても暖かい。

 凍えた四肢に、血が音をたてて流れるのを感じた。

 現実の痛み。

 現実の苦しさ。

 そして現実の暖かい感覚。

 暖かく、生きている感覚。

 ここは何処だ?

 相変わらずの荒涼とした景色なのに、私は不意に暖かく心地よい何かに包まれていた。


(邪魔が入ったか、だが、これも主が望みであ〜る)


 そういうと彼らは土になった。

 ナリスもボルネフェルトも、そして仮面の異形も。

 まるで人が溶け崩れたように見えて、私は悲鳴をあげた。

 すると素直に言葉がでるようになった。

 怖い。

 痛い。

 寂しい。

 悲しい。

 もう、いやだよ。

 アレンカと同じように、助けてと言い、怖いと繰り返した。

 ただ、蠎の代わりに、私は薄紫の光りに包まれた。

 怖いと言う度に、何故か温かみが増した。

 そして悲しいと言うと、私を押しつぶすように、その暖かみが身体を締め付けた。

 ちょうど誰かに抱きしめられているように。

 思うのだ。

 一人ぼっちも怖い。

 けど、この世の最後のひとりになるくらいなら、仲間はずれでもいいから、皆、生きていて欲しい。

 ゆらゆらと光りの帯がすべてを包む。

 眩しくて暖かい。

 ぎゅうぎゅうと締め付けてくる暖かさに、私は泣き続けた。

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