第314話 風花

 身体の痛みに目を閉じたまま呻いた。

 痛い。

 その痛みに自分が戻る。

 私という形。

 脈打つような痛みは両足からだ。

 そして息をする度に、染みるように肋が痛む。

 ゆっくりと瞼をあげる。

 酷い頭痛だ。

 背中からこみ上げるような吐き気もする。

 それでも身は暖かい物に包まれて、ここが安全な場所だとわかった。

 眩しい光り。

 徐々に目の焦点があうと見えてくる。

 身体に力が入らず震えがとまらない。

 脱力感が怖い。

 廃墟、瓦礫、焚き火、兵士。

 雲間から降る陽射しの帯。

 美しい陽の光り。

 美しい空。

 地には怪我人が並び、私もその一人だ。

 崩れた建物の向こうでは、死んだ者が集められている。

 火葬の準備に穴を掘る兵士。

 これから焼くんだと呻き続けながら思う。

 痛いから生きてる。

 でも、私も死ぬのかな。

 誰かに最後のお話をしたいな。

 怖いから側にいてって。

 それから、エリにごめんって。

 探しに行けなくてごめん。

 それから、かわりに探してってお願い。

 あぁ痛い。

 茶色の外套に赤と金糸の縫い取り、中央軍だ。

 それから青と白の神殿兵。

 この騒ぎに国が動いたのだろう。

 城の崩落から、どれくらい時間がたった?

 飢えも乾きも、痛みでわからない。

 一日二日の事ではないだろう。

 起き上がろうとするが虚脱して、息も苦しい。

 両足が痛みで動かない。

 感覚はある。

 体中から力が抜けて息が止まりそうで怖い。

 痛い。

 怖い。

 不安と焦りで足掻く。

 すると誰かに抱き起こされた。

 息が楽になる。

 ひょいっと物を起こすように片手で私を支えると、相手は落ち着けと囁いた。

 私は痛みと驚き、心細さに相手を睨んだ。

 睨まないとヒィヒィと泣きそうだった。


「大丈夫だ。医者が身体を診た。

 死なねぇから、大丈夫だ。

 わかるか?

 身体が震えてるのは、熱が出てるからだ。

 もう、大丈夫だ。

 怖くねぇ、怖いことは終わった」


 余計に泣きたくなった。

 戻ってきた。

 戻らせてしまった。

 これは駄目だ。


「右足が折れてる。

 そりゃぁ芸術的にきれいにな。

 添え木をして安静にしてりゃぁちゃんと真っ直ぐにくっつく。

 この程度なら歩けるようになる」


 睨む私に、カーンはいつものように眉を上げ下げした。


「肋骨はかろうじてくっついてる。折れて内臓に刺さるってことはないが、安静にしなくちゃならん。

 左肩は脱臼していたが、はめ直した。気絶している間にはめたから、もうそれ以上は痛まねぇ。

 縛って固定しないと、抜けやすい。抜けるともっと痛いから、そっちも安静だ。」


 ただただ私は、その獣の瞳を見つめながら、歯を食いしばった。

 それが面白いのか少し笑うと、カーンは毛織物で私を包んだ。


「圧迫が長時間続いた後だ。もしかすると不具合が後から出るかもしれない。だが、見立てでは状態は悪くない。

 今、死にそうなぐらい辛いだろうが、死なねぇ。

 大丈夫だ。死なねぇんだ、わかるか?」


 本当に?

 もう、苦しいことは終わる?


「皆、燃えて灰になった。

 化け物も、石塊になっちまったよ。

 何の為に俺達が来たのかわからねぇぐらいに、何にも無い。

 だから、大丈夫だ。

 ほら、見てみろよ。」

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