第312話 闇の調べ ②

(卑怯な人殺しに同情か?

 あの女に殺された者は憐れではないのか?

 なんの落ち度もなく、生贄にされた者は不憫ではないのか?)


 何も言えない。

 ただ、あの姿は私である。

 そう思った。

 己を理解してくれる人が欲しかった。

 受け入れてくれる場所が欲しかった。

 底なしの欲望は、我慢できないほどの飢餓感だ。


 ヌルリとした闇から、グリモアは現れた。

 それはボルネフェルトという少年の姿をしており、傍らには壮年の男がいる。

 その壮年の男は、私を見て溜息をついた。


(では、お前は人を殺すか?

 殺さぬであろう。

 我儘をのみこみ、愚痴も言わず、時々ひとりで泣くだけであろう。

 そしてな、勘違いをしているぞ。

 あの女はな、金と権力、そして自分を讃える男が欲しかった。

 虚栄心を満たしたかっただけだ。

 お前が欲しいのは、金か?

 褒め称える群衆か?

 違うであろう。

 お前が欲しいと思っているのは、人なら当たり前のものだ。

 家族が欲しいと思うのは、当たり前の事だ。

 友達が欲しいと思うのも、当たり前の事だ。

 村に戻りたいと思っているのもだ。

 なんら害の無い、子供なら普通の望みだ。)


 そして壮年の言葉を引き継ぐように、少年は赤い瞳を輝かせると笑った。


(供物の女は馬鹿だね。

 君は罪を犯していないんだよ。

 君はね、ちゃんとできる範囲で頑張ったよ。

 僕達を使いすぎなかった。

 できるけど、しなかった。

 これってとても大変な事なんだよ。

 馬鹿は力をふるいたがるからね。

 馬鹿はすべてを救おうとか言い出すし、できもしない事をできるって思い込む。

 君は小さな女の子だ。

 君にできることは、保護した子供をなんとか助けようって事だけさ。

 それだって大人の責任じゃないか。

 ねぇ泣かないでよ。

 主はね、宮に沢山の糧が届いて喜んでいる。

 君がちゃんと頑張っている事を見ているよ。)


 糧?


(皆、感謝しているよ。

 今度のことで理不尽な死を味わった者達は、すべて君に感謝している。

 人はね、生きていても死んでいても、話を聞いて理解しようとする人を望んでいる。

 君はちゃんと彼らをみつけ、そして宮への道を示した。)


 私は何もしていない。

 エリの無事さえ確認できていない。


(それにとても面白い代物が宮にひとつ増えた。

 とても素晴らしい余興が増えたんだ。

 それに君の同情は傲慢でもある。

 悲しいと思っていても、それはだからだ。

 もう、わかっているだろう?

 君はだ。)

(オリヴィア、認めねば呑まれるぞ。

 これは魔である。

 地獄に落ちた女を憐れんでいる場合ではない。)


 と、ナリスが言い、それに少年グリモアは肩をすくめた。


(そろそろ限界かな?)


 甘い調べが鈴の音を含み徐々に大きくなっていく。


(ほら、ここは何処かな?)


 私は座っている。

 黒々とした大地の上に。

 吸い込む息が重い。

 空は胸苦しい朱を含んだ黄色い雲が流れている。

 荒涼とした大地。

 地平は黒い霧が霞、見渡す限り人がいる。


(君はひとりじゃないね)


 見渡す限り人が倒れ、腐り散らばる。

 生きている者など何処にもいない。

 甘い調べは、すすり泣く亡者の声だった。


(君は見ていないだけ。

 ちゃんと聞いてご覧。

 きっとたくさんの声が聴こえるよ。

 君が寂しいよって言ったら、きっとたくさんの声が答えてくれる。)

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