第669話 挿話 兵(つわもの)よ、剣を掲げよ盾を押せ (下)前⑤

 ボフダンにて三日目。


「君たちとの再会を願うよ。

 できれば、親類としてね。

 先にも言ったけれどね、過去は早く精算したいんだ。

 身綺麗にして、今度こそ本妻が紹介する妾を迎えたい。

 西には美人が多いと聞くしね。

 私はこれでも博愛主義者なんだ。

 機会を与えてくれるなら、真摯に平等に、そして裏切らずに愛を捧げるよ。

 人種を問わず、会話の楽しい相手ならなお良いしね。

 口利きは、君たちにお願いするよ。

 やはり美人とは、早くお知り合いになりたいからね」


「サーレル」


「今回の騒動を早く鎮めて、陸路の開拓をとのお言葉ですよ。

 西の砂漠航路への技術支援の用意をしてくださるそうです。

 ありがとうございます、公爵閣下」


「君たちには不可解な事だろうね」


 別れの挨拶に来た公爵は、奇矯な出で立ちのままだった。

 もちろん、宴の時とは別の装いだが、今回は孔雀のようだ。

 背中から羽のような何かがフサフサと茂っている。

 滑稽にならぬのは、元が見栄えのする容姿だからだ。

 財宝を溜め込むというおとぎ話の妖精の扮装かもしれない。

 そんなボフダン公の目元は、相変わらず色の付いた眼鏡で見えない。

 それでも視線を向けられるのがわかる。

 君たちとしながらも、イグナシオへの声かけだ。

 傾聴するために、すこし頭を垂れる。

 公王の使者で元老院の者と名乗ったサーレルと中央軍統括直属隊の者と名乗るイグナシオでは対応が分かれる。

 イグナシオは使者と携える書簡の護衛移送任務につく者だからだ。

 そのイグナシオに向けての言葉は、実質カーンに向けての言葉であろう。


「手をこまねいて悪化を促す無能というところかな?」


 理由は、サーレル、元老院には伝えたのだろう。

 元老院は公王へと伝えるのだろうか?

 たぶん、正確に伝わらなくても良いのかも知れない。

 それこそが公王の、何かの篩か罠かもしれない。

 まったくもって面倒でイライラとさせる話だ。

 そんなイグナシオの考えを見透かしているのか、公爵は口元をうっすらと歪めた。


「何故、愛想の尽きた過去の女を大切にするのか。

 と、思っているだろうね。」


 公爵は肩を竦めると、耳飾りを片手でいじる。

 何か思い出しているのか、不愉快そうに続けた。


「私達、東の人間は信じていたんだよ。

 愛をね。

 まさか、愛を自ら捨てるとは思わなかった。」


 シェルバンの事であろう。

 ただ、その愛という言葉が、額面道理の意味かは不明。

 それも分かっているのだろう相手は、更に嗤いを深めた。


「私は自ら愛を放棄はしない。

 約束したからだ。

 永遠を神にね。

 だから私からは動かない。

 動けないのだよ。

 過去を精算するとしてもだ。

 その方法もまた、自ら選ばせなければならない。

 約束だからね。

 自滅を待つって事さ。

 本妻の怒りはわかるけど、許してほしいな。

 神に見放されては困るからね。」


「サーレル」


「比喩では無いですよ。」


 イグナシオは思わず公爵を睨んだ。

 それに相手はゆっくりと頷いた。


「私はね。

 愛を、神の御心を失いたく無いんだ。

 君ならわかるだろう?

 人生を受け止める強さを与えてくださる神を裏切る事はできない。

 違うかい?

 これからどのような事がおきようとも。

 信じているから失わない。

 宗教、信心だけの事じゃないよ。

 信じている事、願い、人生の指針を中途半端に投げ捨てる。

 自分から、羅針盤を壊すのさ。

 怖い話だ。 

 人生の灯りを何故、手放すんだ?

 暗闇に灯明をかざすのが当たり前だろうに。

 だから、不思議でね。

 どうして彼らは失う道を選んだんだろうかとね。

 もし、理由がわかったら教えてほしい。

 愛をいらぬと手放して、何を得たのか知りたいものだ。」

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