第548話 霧の中 ③

「子供を連れ回すとは、おかしな話であろう。」

「だから、我らが護衛だ」

「護衛だと?お前たちのような輩が」

「どういう意味だ?コルテスの者だというが、非礼は許さぬぞ」


 堂々巡りの会話に割って入る、ような事はしたくない。

 したくないが、コルテスの墓守の話を聞きたいのも事実だ。


「何をその方らは、争うておるのだ?」


 嘘くさいな。

 と、自分でも思いながら、尊大に顎をあげる。

 物知らずの愚かな子供のように、我こそが一番の立場という顔をする。

 たぶん、周りの兵士には、非常に滑稽な姿に見えるだろう。

 笑わないでほしいなぁと思いながら、無理に胸まではってみた。

 きっといきり立つ猫か小さな犬のようだろう。

 それでも神殿で見かけた、貴族の子供を物真似てみた。


「巫女様、この地から立ち去れと、彼らが」


 これ又、態とらしく膝をつきザムが答える。

 神妙な態度だが、口の端が少し持ち上がっており、たぶん、ちょっと笑いそうになっていた。

 子供らしいふりをしようと、態と甲高い声を出したからかもしれない。


「おかしいのぅ、おかしい。我は神使えぞ?

 何故に祈りに参るのに、誰ぞに意見されねばならぬ。

 誰か教えて給う、巫女が祈るに、ただびとが何故に口を挟む?」


 適当な言葉を並べながら、背中に冷や汗をかく。

 それが分かっているのか、手をひくミアがにっこりと笑顔で言った。


「さぁそんな愚かな輩がいるとは思いませんが、閣下もそれを案じて我らを側に置いたのでしょう。

 本神殿からわざわざ祈りに参られた巫女様の、お心を煩わす事なきようにと。」


「じゃが、なにやらそこな男達が意地悪を言うておるぞ?」


 顎をあげたまま、コルテスの者という男達を見回す。

 本神殿というミアの言葉に一瞬、目を泳がせたのが見えた。

 どうも墓守というが、自称かもしれない。

 どちらにしろ、何か後ろ暗い事を隠していそうだ。


「祈りに参った巫女である。賊のように追い払われる謂われわ無いわ」


 どうだと。と、ばかりに言ってみる。

 頭の隅で、勘弁してほしいという独り言が思わず漏れた。


「巫女とな。

 幼い形でそのような話が信じられるか。

 大方、この者らに脅されているのだろう。」


 身なりの一番良い男が、忌々しそうにザム達を見る。

 獣人というだけで見下しているのが伝わる。

 嫌な感じだ。


「では、偽りだと申すのか?」

「脅されているのなら、我らが保護しようと言っているのだ」


 それに思わず鼻で笑ってしまう。

 親切なお人だ。

 だが、無理だ。

 心底善意だったとしてもだ。

 六人の人族に対するは、倍以上の大型獣人の兵士だ。

 どう見てもお助けいただくには役不足である。

 ミアやザムが怒らすにいるのも、それがわかっているからだ。

 たぶん、ザム一人ならば、この六人ぐらいなら制圧できるだろう。

 いや、できる。

 さて、どうしたものか。

 コルテスの者に話を聞きたい。

 だが、この東に神聖教の威光は無いのだ。

 経典の詩篇ひとつを諳んじれば相手の口が軽くなるという訳でもない。


「ここに留まる事の、何が良くないのか。

 問うて答えてもらえようか?」

「ここはコルテスが守る墓だ。何人も無闇に近寄る事は許されていない」


 無難に聞こえる返答だが、そもそもここは公王直轄地である。

 王に供出した土地であり、コルテスが所有する場所ではない。

 そして法として立ち入りを禁止してはいないのだ。

 立ち入り禁止に近くとも、それは暗黙の了解であって法ではない。

 そもそも禁じるならば囲いをするか、道を潰せばよいのだ。

 そして何を言うにもコルテスの名を持ち出すのなら、懐にあるはずの身分を示す何かを持ち出して見せればよいのだ。


 私は思わず演技も忘れ、屁理屈にもならない相手の返答に頭を振っていた。

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